【延寿通信】 2018年08月17日(金)

延寿通信 第181号 2018年9月

中国の薬湯の歴史

 漢方というのは、元来は中国が発祥の地ですが、わが国の今の漢方の先生大部分は、漢方は元は中国であったけれども、江戸時代以降、日本独特の医療として発達したもので、今日の中国医学とは全く異なるものであると説明しております。この漢方という言葉そのものも、わが国では一部の学会では東洋医学と言う名称に置き換えてはいますが、漢方という用語はしっかり日本に定着しております。中国では「漢方」という用語は、今では、ほとんど使われておらず「中医学」という用語が一般的です。
 漢方の医療で使われる薬は漢方薬ですが、その材料の大部分は薬用植物、すなわち生薬であって、原体にまでさかのぼると、中国も日本も同じです。
 しかし、これらの薬の使い方となると中国と日本とは大いに異なるようです。わが国では「生薬」という用語が一般的ですが、中国では「生薬」ではなく「中薬材」という用語が使われています。これらの個々の生薬の名称は、わが国と中国とのつながりは深いこともあって、共通のものが多く、漢字を見て判断するのは容易です。例えば、大黄(ダイオウ)、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)などです。ただし、ご存知のように、中国語の読みは全然違います。
 わが国の漢方で薬湯といえば、生薬の煎じ液、または薬入りの風呂を意味しますが、中国では、入浴の場合を意味するときには、「薬浴」という用語を使う場合が多いようです。しかし、この「薬浴」というのは、風呂だけではなく、身体の一部を洗ったり、あるいは薬液に漬けたりする場合も含まれます。
 わが国の薬湯、薬風呂では、特定の薬用植物が単体で使われている場合が多いのですが、しかし、中国の薬浴には歴史があって、たくさんの生薬が組み合わされた古い処方があり、今日もいろいろ工夫されているようです。
 実際に、中国の薬浴の現場を見聞きしてきたのではありませんが、文献にて中国の薬浴をここに紹介いたします。

1.薬浴(薬湯)の基本
 ここでは、薬湯というわが国の用語ではなく、薬浴という用語を使います。前述のように薬風呂の意味だけではなく、中国での解釈に従い、薬液に身体を浸す方法も含めます。
 薬浴、すなわち薬の液を身体に浸す方法としては、次の6種の方法があります。この場合、暖かい湯だけではなく、冷浴も含んでおります。
・薫蒸浴---蒸気浴ともいいます。薬液を加熱して、蒸気を立ち上らせます。薬
液は気体の状態になります。この方法を用いる疾患は感冒、中風、便秘、
脱肛、じんましん他多々あります。いわゆるトルコ風呂のように、薬の蒸 
気の中に身体を置きます。
・沐浴法---暖かい薬液で満たしたを浴槽に浸ります。薬浴の源泉です。内科、
  外科他、広範囲の疾患に適しています。
・浸洗法---薬液は薬物を煎じた液を使います。中国の医書古典『金匱要略』に
  出ています。薬液で洗うことになり、手足の疾患が中心になります。
・熱敷法---薬液を加熱し、その液に布を浸し、特定部位にあてて治療します。
・冷敷法---熱敷と同じですが、この場合は冷えた薬液を使います。
・ 熱熨法--これは中国医療の独特の方法です。薬物を炒って加熱処理したのち、
袋に入れて、これを患部に当てます。内科、外科、神経系の病気他いろい
ろの疾患に適しており、操作簡単、費用安く、安全で苦痛も少ないといい
ます。

2.代表的な薬浴の紹介
(1)蒸気浴法
 それぞれの薬浴について、もう少し詳しく見てゆきましょう。最初に、薫蒸浴です。これは蒸気浴とも呼ばれており、原理は名称の通り薬の蒸気の中に身体をおきます。蒸気浴で使われる薬剤は風通しをよくして、寒さ、湿気を散らし、痛み痒みを除くのに効果があります。
 蒸気浴で注意すべき点は、次の3点です。
 @施設面では室内を点検する窓口を設置しておくこと。
 A患部を薫蒸するときには、薬液の蒸気と患部の面との間に適切な距離を保
  つこと。
 B悪性腫瘍や急性の炎症、心臓疾患、出血傾向の疾患ある人などには、この
  蒸気浴は使えない。
 蒸気浴にはいろいろの方法があるようですが、全身薫蒸の場合の一つの方法を簡単にご紹介しましょう。この方法は密閉薫蒸法と呼ばれています。
 密閉できる小部屋を用意して、入浴者は坐るか、あるいは寝ます。薬物の入った液を加熱・煮沸して蒸気の上がるようにします。室内の気温は、最初30-35℃で、徐々に温度上げて40-45℃にします。薫蒸時間は15-30分。終了後入浴者は安静、休息します。
(2)沐浴法
 沐浴ですから、湯に浸かります。適度の温度の湯は身体を暖めます。また、薬物はこの湯に溶けるものは、どんどん溶けて体と接触して、肌を通じて薬物は体内に入り効果を発揮します。  
 ここで使う生薬には、マオウ、ケイシ、ケイガイ、ボウフウ、柳の枝、桑の枝のほか、キョウカツ、ドクカツなどが出ていますが、我が国では一般には入手困難な生薬が多いようです。生薬は、そのまま使う場合は布袋に入れます。また、煎じ液を使う場合があります。

3.薬浴の起源
 中国では薬浴には3000年の歴史があります。この3000年の歴史は、残された記録に出てくる漢字の使われ方で判断されます。もともと身体を洗うという意味では、いろいろの漢字があって、使い分けされてきました。例えば、手や足を洗う場合と、顔を洗う場合とは洗うという字が異なり、浴は体全体を洗う、
沐は顔を洗う、澡、和は手足を洗う時に使われました。
『山海経』というのは中国古代の神話と地理の本で、戦国時代から、秦・漢の時代に出来たといわれており、紀元前400年以降~200年ぐらいで、大雑把に言えば2000年前に出来た本ということになります。この本の中に、薬浴にかかわる次のような記事が出てきます。
「草がある。その名はオウカン。・・・これで浴すると、疥を癒すし、また、腫れ物をいやすによろし」
 また、馬王堆の遺跡(紀元前200年ごろ)からも薬浴にかかわる処方の記録が出土しております。唐の時代というと、日本では奈良時代ですが、この時代の医書『外台秘要』あるいは『千金翼方』などには、美容に配慮した薬物を用いた薬浴用の処方なども出ています。
 もともとは、地方の農村で生まれた薬浴は、長い歴史を経て、医療の分野にて医師の指導も受けて発展しました。

4.薬浴の展開と今後
 薬浴は医療に関係してはいますが、医学というよりも民間医療の世界で発展してきました。それは暮らしの智恵の積み重ねです。医学以前の段階では、当然、薬浴は一つの治療法として重い役を担ってきましたが、医療の進む段階に応じて、特定の病気の治療の実際では専門の医師に任せて、薬浴は治療からは離れてゆきました。薬浴はもっと、暮らしに密着して、より健康な体のために、快適な入浴を求めて、利用、工夫がなされました。 
 古代王朝の周の時代には、「女巫」という人物が関係し、月々の沐浴の時の薬草、特定疾患に対しての処方、入浴の仕方などを指導しました。
 次の時代になると、沐浴の研究はさらに進み、疾患に応じた薬浴、薬草の選択、温度、湯の量なども研究の対象になりました。このころは、宮廷の風呂だけでなく、寺院の風呂も「浴堂」として特定の役目を果たしました。これは日本の場合も同じで、今でも、東大寺には奈良時代に大湯屋(浴場)が出来、その後、火災にあったりして再建され、今日も堂々たる大浴室が残っております。
 宋の時代(10〜14世紀)になると、いわゆる公衆浴場の設営が始まりました。浴場は高齢者から幼児に至るまで広く利用されました。さらに、明の時代(14〜17世紀)、公衆浴場は広く普及して、浴室の改善、温度調節の技術も進みました。
 アヘン戦争(1842年)以降、中国では西欧からの文化、医学がどんどん入ってきて、医学の世界にも変化をもたらしました。その中で、中国の薬浴は西欧医学の進んだ医学の一面は取り入れつつも、あくまでも中国医療の伝統を大事にして、民間の手によって国民の健康のために発展を続けて、今日に至っております。

<参考文献>
・本田済、澤田瑞穂、高馬三良訳:中国の古典シリーズ 4、抱朴子 列仙伝・神仙伝 山海経、平凡社、p461(1973年)
・馮亜萍著:中華薬浴、長虹出版公司、中国北京(2001年)
・江夏弘:お風呂考現学、TOTO出版(1997年)

Posted by 管理者 at 10時17分

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