【延寿通信】 2018年10月26日(金)

延寿通信 第183号 2018年11月

やまなかや菊はたおらじゆのにほひ

---風呂と俳句

江戸時代の俳人といえば真っ先に芭蕉が浮かび出て来ます。芭蕉は本州、特に、伊賀、北陸、名古屋、江戸、東北にかけて、足跡を残しています。最後は大阪にあって、「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」が御堂筋近辺での作品と言われています。
 一方、もう一人の江戸時代の代表的俳人蕪村は、幼少期、若い頃、大阪に住んでいて、関西の句をたくさん残しています。もちろん俳人ですから、芭蕉のように全国に旅しています。箱根、宮島、小田原、大井川などの句もありますが、どうも奥の細道のような大旅行はしていないようで、大部分は関西、しかも京都が多いようです。蕪村の俳句は、暮らしや身の回りを詠ったものが割りに多く、芭蕉とはかなり傾向が違い、親しみを感じます。
 秋深し、文化の秋になりました。生薬入浴剤「延寿湯温泉」の入った浴槽に、のんびり浸かり、秋の句を一つひねって見てはいかがかと思い、今回は風呂、入浴と俳句を特集することにしました。

1.芭蕉、蕪村の俳句から 
 順番ですので、最初に、芭蕉の句をと思ったのですが、芭蕉は暮らしのことは俳句にはあまり取り上げないので、入浴、風呂関連の句は少なく、温泉の句が1,2句あるのみです。その一つは次の句です。
  やまなかや菊はたおらじゆのにほひ
 これは加賀、山中温泉で詠んだもので、元禄2年(1689年)で7月、曾良とともに、山中温泉の和泉屋に逗留した時のものです。『芭蕉俳文集、上』(堀切実編注)によれば、句意は次の通りです。
「この山中の地は、あの桃源郷にもまさる仙境であり、湯は万病に効き、不老長寿でいられるのだから、わざわざ慈童のように菊を手折ってその露を飲むようなことはすまい」
 芭蕉は山中温泉べたほめで、「湯は万病に効き、不老長寿でいられるのだから」
とは、ここまで温泉を持ち上げていただければ、温泉を愛する人は大喜びです。
 蕪村は、冒頭にもあげましたように、割りに身近なこと、暮らしのことなどに目を向けており、たくさんの句を残しております。その中から、入浴、風呂にかかわる句を拾ってみました。このあたりが芭蕉と蕪村の違いを物語っているようです。
   居え風呂に後夜きく花のもどりかな
   洗足のタラヒも漏りてゆく春や
   居風呂に棒の師匠や春の暮
  温泉(ゆ)の底に我が足見ゆる今朝の秋  
  寒梅や熊野の温泉の長がもと

2.江戸時代の入浴・風呂事情
 江戸時代の風呂の俳句を鑑賞するとなると、ここでは当時の銭湯、風呂、入浴のことを頭に入れて置かないといけませんので、簡単に触れておきます。
 温泉の利用は江戸時代も今もあまり変わりませんが、ただし、温泉は室内の旅館方式ではなく、野外の露天風呂が多かったようです。
 風呂は、この時代までは蒸気浴(蒸し風呂)が主流で、温泉のように湯に漬かってという浴槽方式は江戸時代になって、ようやく普及し始めました。もちろん、蒸気浴が主流といっても、野外の温泉は場所は限定されますが、広く利用されていました。また、今、残っている奈良時代の寺院の風呂多くは浴槽方式であり、これらはずっと長く使われてきました。16世紀の後半、京都妙心寺に出来た浴室は蒸し風呂で、かかり湯も用意されていました。
 自宅というか、家庭に風呂の設備を持つというのは、これは近代になってからのことで、それまでは、自宅に風呂があるというのは、ほんの一部の大名クラス、上層階級の邸宅のみでした。庶民の入浴はもっぱら銭湯、共同風呂でした。
 銭湯という有料の公衆浴場は、江戸時代になって江戸、京都を中心に急速に広まり始めたのですが、これには蒸気浴、浴槽方式が入り乱れており、浴槽方式といっても江戸時代初期は浴槽の湯は浅く、どっぷり浸かるタイプではありません。この今日の浴槽方式が普及するのは、ずっと後のことです。
 入浴には欠かすことの出来ない化粧石けんは、江戸時代には一般には普及していません。もっぱら、米ぬかを使いました。一般の人が化粧石けんを使い始めるのは明治の後半になってからです。
 米ぬかにはいい香りがあるわけでもなく、布袋入りの粉末を湯につけて身体を洗いますので、鬱陶しいことだったでしょう。爽やかな香りのいい石けんで、泡を身体じゅうにつけて洗うというのとは隔世の感ありです。米ぬかは洗浄効果も大きくはなく、これを布袋に詰めてごしごし身体を洗うのは、一仕事です。
 化粧石けんが銭湯で使われるようになるのは明治10年代、19世紀末ですが、一般の人は、まだ大部分がぬか袋であったといいます。この頃の化粧石けんは高価で、化粧石けん1個の値段は米5kgぐらいであったといいます。
 密室の蒸気浴では句作の雰囲気はなく、家庭の風呂で、あるいは銭湯の広い浴槽や、温泉のようなゆったりしたところが俳句にはふさわしいようです。

3.現代の風呂の俳句
 現代俳句となると風呂、入浴は題材としては幅広く豊富で、一般の俳句では無数に出てきます。俳人の夏井いつきさんは、『おうちDE 俳句』を企画し、俳句募集 第5回のテーマは「風呂は癒しの空間」で、広く風呂の句を集めています。夏井さんは、このテーマにつき、次のように説明しています。
「風呂好きのワタシとしましては、もっともくつろげる癒しの空間です。
とはいえ、風呂でしか泣けない、風呂での悲哀など、さまざまな切り口もあるかと思います。自宅の風呂で詠んだ俳句を募集します」
 この記事のあるホームページには風呂関連の俳句がずらりと並んでいます。テーマが風呂だけに俳句は、どちらかといえば家庭的で、まさに癒しの空間であることが分かります。
 沢山の俳句の中から、浴槽に植物、果物を浮かばせている場合の風呂、入浴光景の俳句を選んで見ましたが、植物の出てくる句は全体の1割以下で、比較的多いと思いました。これらの句を読んでみると、柚子湯、菖蒲湯を詠った句が圧倒的に多く、先回、取り上げた風呂と植物の記事にもつながります。柚子・柑橘類と菖蒲以外では、バラの花が1件のみありました。
 現在出版されている歳時記にはたくさんの俳句が並んでおり、しかも季節を味わうのに便利な本で、俳句を作らなくても季節感を味わうのに手ごろな楽しい本です。
 ここでは、『ホトトギス新歳時記』の中から、柚子湯にかかわる句を拾ってみました。

・客僧の柚子湯こよなくよろこばれ  青野洸女
・風呂に蓋柚子のにおいを封じえず  洲崎美佐穂
・庭掃除済ませ今宵は柚子風呂に   大原雅尾
・沈めたり浮かせたりして柚子湯かな 今橋浩一
・旅はもう叶わぬ母に柚子湯たて   樹生和子
・今日はしも柚湯なりける旅の宿   高浜虚子

<参考文献>
夏井いつき:ホームページによる(2018.9.1)
堀切実編注:芭蕉俳文集 上、岩波文庫(2006年)
稲畑汀子編:ホトトギス新歳時記改訂版、三省堂(1996年)

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【延寿通信】 2018年09月25日(火)

延寿通信 第182号 2018年10月

薬湯・薬浴に使う植物

 大阪JR環状線、桜の宮駅近くの銭湯の前を歩いていたら、「今日はトウキ風呂です」という張り紙が出ていました。この銭湯は使用する薬用植物を、毎週のように材料を替えて、薬湯に新鮮味を出しています。今日は、何湯かなと、この銭湯の案内板を見るのを楽しみしています。トウキは「当帰」という古来の薬用植物で特有の香りがあって血液の循環を改善します。
 薬湯・薬風呂というのは、東洋独特の医療方法であるといいます。夏の土用に桃の葉を入れるのはアセモの治療に効果あり、5月5日の菖蒲湯は邪気を払うのにいい、さらに、冬至の日の柚子湯は年中の息災の祈りのためと、昔からの言い伝えがあって、薬湯は今日も大事に引き継がれています。
薬湯では、いろいろな植物が使われます。わが国の薬湯では、桃の葉やヨモギ、あるいはショウブなどがお馴染みで、時期になるとスーパーストアには、風呂に入れる植物が並んでいます。一方、民間で発展してきた農家の薬湯は、これまた種類豊かで、今日の薬湯の基盤を作っています。しかし、近郊農家の薬湯は、宅地造成で山野が遠くなったこともあって、山野で採取してきて、野草を風呂に入れるというのは、昨今はやや減ってきたといいます。
 これが中国ともなると、薬浴の研究も進み、過去の実績も豊富であることから、植物の種類は多種多様です。これについては前回に本欄にて取り上げました。今回は、わが国の様子を紹介いたしましょう。
 都会の家庭は、商品化された浴剤を使用する場合が多いのですが、時には、実際に山野の植物を用いた風呂もお奨めです。どんな植物があるか、風呂にかかわる書物あるいは図鑑から、該当植物を拾ってみました。

1.武田勝蔵著『風呂と湯の話』から
 武田勝蔵著『風呂と湯の話』、この本は風呂解説書としてはやや古く、1967年に出版されました。この時点では、家庭の風呂、銭湯の事情も今日ほど普及していない時代で、まだ、ゆとりのなかった頃です。本書は我が国の風呂の歴史から、世界の風呂の様子まで、風呂と入浴を広く捉えています。薬湯というのは、この書の中で大事な項目であり、詳しく説明しております。ついでながら、風呂に関する古典といえば、藤浪剛一著『東西沐浴史話』人文書院(1944年刊)があり、世界の風呂の歴史を簡潔に紹介しています。
 さて、この『風呂と湯の話』に挙がっている植物を取り上げます。この書では植物を入れた風呂を薬湯と題しています。
ここでは伝統的な薬湯を対象としており、桃の葉をはじめとして、ショウブ、ユズが最初に出てきます。また、古い話では、鎌倉時代の五木八草湯、五木一草湯、五木湯の詳しい説明があります。これらはわが国の薬湯の発祥につながり、今日まで大事に受け継がれてきました。五木とは、梅、桃、柳、桑、杉という場合、あるいは槐、柳、桃、桑、梶をいう場合があります。八草は明らかではなく、ヨモギ、ニンドウがあげられていますが、別の説では、クコ、ミカン、ウド、ソバ、ハスなどをここに並べることがあります。

2.『お風呂大好き』の場合
 『お風呂大好き』という本は、これまでも、本欄で時々取り上げましたが、いかにも現代風の本です。本書では、古来、伝わってきた、桃の葉、菖蒲、柚子のほか、最近の新しい感覚で薬湯を見てゆこうというので、いろいろな植物が出てきます。しかし、この著者は薬湯とは限定しないで、植物の持つ特徴を生かして風呂にいれて、香りや色を楽しむという趣向を奨めています。
『お風呂大好き』の著者、早川美穂さんは家庭の浴槽にどんどん植物を入れて、入浴を楽しんで下さいと言って、季節の植物をあげています。著者は入浴のベテランで、楽しい入浴のために、浴室の構造から、入浴時に使う道具類はじめ、入浴剤も詳しく説明しています。
 この本の中「季節を楽しむお風呂」の項目にて推奨されている植物は次の通りです。これらの植物を入れた風呂をこの本では薬湯であるとは書いていません。たしかに、ご覧のとおり、ここにあげられた植物は、薬というよりも野菜や果物、樹木などが主体であって、多彩です。

  1月 松       7月 桃
  2月 大根           8月 ハッカ
  3月 ヨモギ  9月 菊
  4月 桜 10月 ショウガ
  5月 ショウブ         11月 ミカン
  6月 ドクダミ    12月 柚子 

 風呂では、植物に含まれる精油が皮膚から吸収されたり、皮膚を刺激するだけではなく、揮発して鼻やのどから体内に入るからと植物風呂独特の効き目を説明しています。

3.『お風呂の愉しみ』から
『お風呂の愉しみ』(飛鳥新社発行)著者前田京子さんは、楽しい風呂のために石けん、シャンプー、リンスなどを研究されています。それぞれに詳しいレシピが紹介されています。その中で入浴剤としてあがっているものに絞ってゆきましょう。著者は天然素材に注目されていますが、種類は豊富です。
 問題は使い方ですが、本書には丁寧な説明がありますので、どうぞ原本をご覧下さい。日本酒、ビール、ワイン、シャンペンは植物ではないのですが、異質ですので、取り上げておきました。口にしたいものばかりですが、果たして、アルコール類は湯の中で肌に、どのような反応を示すのでしょうか。
 バスソルトというのは、岩塩、海塩の結晶約20gに香油を染み込ませたもので、これを浴槽に入れます。良き香りと、塩の保温効果がきいています。ジュニパーベリーはネズの実で、ヒノキか松のような香りがして、肩こりや筋肉痛に効くといいます。
 にごり湯というのは、水に溶けない材料を使いますので、ふろ釜の手入れに要注意です。これらの材料は肌の保湿、適度の脂分の補給に効果あり、特に冬が出番といいます。

@バスソルト
 ローズ、ラベンダー、ジュニパーベリー
Aにごり湯の材料
 アーモンド、ココナッツ、米ぬか、ミルク
Bそのほかの入浴剤の材料
 ・はちみつ、くろみつ、糖みつ、
 ・日本酒、ビール、ワイン、シャンペン、
 ・乾燥ハーブとして、ミント、ラベンダー、バラ花びら、
ローズマリー、
 ・ジャーマンカモミール、
 ・柚子、みかん、オレンジなど果実の皮

4.『ウチ風呂の作法』から
 『ウチ風呂の作法』(潟Gンターブレイン発行)という本では、珍しく古代の風呂から、世界の風呂まで、さらに現代のわが国の入浴事情にも触れて、風呂、入浴を広く取り上げています。まさに風呂の百科事典という感じで、風呂の好きな日本人向きの本ということになりましょう。内容はそれだけに簡潔であり、豊富なイラスト、写真もあって、読みやすくできております。
 この本の中に「季節湯に入ろう」という1章があります。丁寧に出来ておりますが、その取り上げた植物を見たら、なんと『お風呂大好き』の記事を引用しており、内容は全く同じでした。
 本書では、これとは別に、「たとえばこんなアレンジ湯」という項目があって、次の食品を挙げています。これはユニークです。
 リンゴ、レモン、セロリ、キュウリ、パセリ、ミツバ、ワカメ、ニンニク、
 ココナッツ。
 このほかに、本書では、『お風呂の愉しみ』と同様に、植物以外に飲料の牛乳、紅茶、コーヒー、日本酒、ワインなども入浴剤としてあがっています。

5.『牧野和漢薬草大図鑑』掲載の植物
 この植物図鑑には内外のたくさんの薬用植物が並んでいますが、その中で、薬湯にお奨めの植物を拾ってみました。さすが植物図鑑だけあって薬用の植物を網羅しております。薬湯のお決まりの本とは異なって、登場する植物は新鮮です。本書の掲載順に取り上げ、簡単に本書の説明を引用します。材料にはそれぞれ詳しい説明がありますので、機会あれば、本書をご覧ください。

エノキ   樹皮を使う、中風にいい
クスノキ  神経痛、しもやけ、打撲傷などに葉を使う
ヤブニッケイ 刻んだ樹皮や葉を布袋に入れて浴槽に投ずる。腰痛、あせも、
      リウマチにいい
ダイコンの葉 打ち身、くじきにもいい。ヨーロッパではもともと大根は薬用
      植物であった。
スモモ   葉を布袋に入れて浴槽に入れる。あせもにいい
ユズ    果実を使う
ウンシュウミカン 食べた後の皮を天日で干して、これを浴槽に入れる。血行
      を良くし、肌をつややかにする
ゴシュユ  果実を使う。気分を落ち着かせる
ウド    茎、葉を陰干しして使う。肩こりや痔にいい
ヤツデ   葉を煮出した液を、袋ごと浴槽に入れる。リウマチにいい
トウキの葉 婦人病用に使われる
リュウノウギク 全草を使う。冷え症、腰痛、リウマチ、神経痛
オロシャギク  花を布袋に入れて、浴槽に入れる。 リウマチにいい

<参考文献>
武田勝蔵:風呂と湯の話、塙書房(1967年)
早川美穂:お風呂大好き、叶カ活情報センター(2003年)
青柳昌行編:ウチ風呂の作法、潟Gンターブレイン(2012年)
前田京子:お風呂の愉しみ、株鳥新社(1999年)
岡田稔他編:牧野和漢薬草大図鑑、北隆館(2002年刊)

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【延寿通信】 2018年08月17日(金)

延寿通信 第181号 2018年9月

中国の薬湯の歴史

 漢方というのは、元来は中国が発祥の地ですが、わが国の今の漢方の先生大部分は、漢方は元は中国であったけれども、江戸時代以降、日本独特の医療として発達したもので、今日の中国医学とは全く異なるものであると説明しております。この漢方という言葉そのものも、わが国では一部の学会では東洋医学と言う名称に置き換えてはいますが、漢方という用語はしっかり日本に定着しております。中国では「漢方」という用語は、今では、ほとんど使われておらず「中医学」という用語が一般的です。
 漢方の医療で使われる薬は漢方薬ですが、その材料の大部分は薬用植物、すなわち生薬であって、原体にまでさかのぼると、中国も日本も同じです。
 しかし、これらの薬の使い方となると中国と日本とは大いに異なるようです。わが国では「生薬」という用語が一般的ですが、中国では「生薬」ではなく「中薬材」という用語が使われています。これらの個々の生薬の名称は、わが国と中国とのつながりは深いこともあって、共通のものが多く、漢字を見て判断するのは容易です。例えば、大黄(ダイオウ)、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)などです。ただし、ご存知のように、中国語の読みは全然違います。
 わが国の漢方で薬湯といえば、生薬の煎じ液、または薬入りの風呂を意味しますが、中国では、入浴の場合を意味するときには、「薬浴」という用語を使う場合が多いようです。しかし、この「薬浴」というのは、風呂だけではなく、身体の一部を洗ったり、あるいは薬液に漬けたりする場合も含まれます。
 わが国の薬湯、薬風呂では、特定の薬用植物が単体で使われている場合が多いのですが、しかし、中国の薬浴には歴史があって、たくさんの生薬が組み合わされた古い処方があり、今日もいろいろ工夫されているようです。
 実際に、中国の薬浴の現場を見聞きしてきたのではありませんが、文献にて中国の薬浴をここに紹介いたします。

1.薬浴(薬湯)の基本
 ここでは、薬湯というわが国の用語ではなく、薬浴という用語を使います。前述のように薬風呂の意味だけではなく、中国での解釈に従い、薬液に身体を浸す方法も含めます。
 薬浴、すなわち薬の液を身体に浸す方法としては、次の6種の方法があります。この場合、暖かい湯だけではなく、冷浴も含んでおります。
・薫蒸浴---蒸気浴ともいいます。薬液を加熱して、蒸気を立ち上らせます。薬
液は気体の状態になります。この方法を用いる疾患は感冒、中風、便秘、
脱肛、じんましん他多々あります。いわゆるトルコ風呂のように、薬の蒸 
気の中に身体を置きます。
・沐浴法---暖かい薬液で満たしたを浴槽に浸ります。薬浴の源泉です。内科、
  外科他、広範囲の疾患に適しています。
・浸洗法---薬液は薬物を煎じた液を使います。中国の医書古典『金匱要略』に
  出ています。薬液で洗うことになり、手足の疾患が中心になります。
・熱敷法---薬液を加熱し、その液に布を浸し、特定部位にあてて治療します。
・冷敷法---熱敷と同じですが、この場合は冷えた薬液を使います。
・ 熱熨法--これは中国医療の独特の方法です。薬物を炒って加熱処理したのち、
袋に入れて、これを患部に当てます。内科、外科、神経系の病気他いろい
ろの疾患に適しており、操作簡単、費用安く、安全で苦痛も少ないといい
ます。

2.代表的な薬浴の紹介
(1)蒸気浴法
 それぞれの薬浴について、もう少し詳しく見てゆきましょう。最初に、薫蒸浴です。これは蒸気浴とも呼ばれており、原理は名称の通り薬の蒸気の中に身体をおきます。蒸気浴で使われる薬剤は風通しをよくして、寒さ、湿気を散らし、痛み痒みを除くのに効果があります。
 蒸気浴で注意すべき点は、次の3点です。
 @施設面では室内を点検する窓口を設置しておくこと。
 A患部を薫蒸するときには、薬液の蒸気と患部の面との間に適切な距離を保
  つこと。
 B悪性腫瘍や急性の炎症、心臓疾患、出血傾向の疾患ある人などには、この
  蒸気浴は使えない。
 蒸気浴にはいろいろの方法があるようですが、全身薫蒸の場合の一つの方法を簡単にご紹介しましょう。この方法は密閉薫蒸法と呼ばれています。
 密閉できる小部屋を用意して、入浴者は坐るか、あるいは寝ます。薬物の入った液を加熱・煮沸して蒸気の上がるようにします。室内の気温は、最初30-35℃で、徐々に温度上げて40-45℃にします。薫蒸時間は15-30分。終了後入浴者は安静、休息します。
(2)沐浴法
 沐浴ですから、湯に浸かります。適度の温度の湯は身体を暖めます。また、薬物はこの湯に溶けるものは、どんどん溶けて体と接触して、肌を通じて薬物は体内に入り効果を発揮します。  
 ここで使う生薬には、マオウ、ケイシ、ケイガイ、ボウフウ、柳の枝、桑の枝のほか、キョウカツ、ドクカツなどが出ていますが、我が国では一般には入手困難な生薬が多いようです。生薬は、そのまま使う場合は布袋に入れます。また、煎じ液を使う場合があります。

3.薬浴の起源
 中国では薬浴には3000年の歴史があります。この3000年の歴史は、残された記録に出てくる漢字の使われ方で判断されます。もともと身体を洗うという意味では、いろいろの漢字があって、使い分けされてきました。例えば、手や足を洗う場合と、顔を洗う場合とは洗うという字が異なり、浴は体全体を洗う、
沐は顔を洗う、澡、和は手足を洗う時に使われました。
『山海経』というのは中国古代の神話と地理の本で、戦国時代から、秦・漢の時代に出来たといわれており、紀元前400年以降~200年ぐらいで、大雑把に言えば2000年前に出来た本ということになります。この本の中に、薬浴にかかわる次のような記事が出てきます。
「草がある。その名はオウカン。・・・これで浴すると、疥を癒すし、また、腫れ物をいやすによろし」
 また、馬王堆の遺跡(紀元前200年ごろ)からも薬浴にかかわる処方の記録が出土しております。唐の時代というと、日本では奈良時代ですが、この時代の医書『外台秘要』あるいは『千金翼方』などには、美容に配慮した薬物を用いた薬浴用の処方なども出ています。
 もともとは、地方の農村で生まれた薬浴は、長い歴史を経て、医療の分野にて医師の指導も受けて発展しました。

4.薬浴の展開と今後
 薬浴は医療に関係してはいますが、医学というよりも民間医療の世界で発展してきました。それは暮らしの智恵の積み重ねです。医学以前の段階では、当然、薬浴は一つの治療法として重い役を担ってきましたが、医療の進む段階に応じて、特定の病気の治療の実際では専門の医師に任せて、薬浴は治療からは離れてゆきました。薬浴はもっと、暮らしに密着して、より健康な体のために、快適な入浴を求めて、利用、工夫がなされました。 
 古代王朝の周の時代には、「女巫」という人物が関係し、月々の沐浴の時の薬草、特定疾患に対しての処方、入浴の仕方などを指導しました。
 次の時代になると、沐浴の研究はさらに進み、疾患に応じた薬浴、薬草の選択、温度、湯の量なども研究の対象になりました。このころは、宮廷の風呂だけでなく、寺院の風呂も「浴堂」として特定の役目を果たしました。これは日本の場合も同じで、今でも、東大寺には奈良時代に大湯屋(浴場)が出来、その後、火災にあったりして再建され、今日も堂々たる大浴室が残っております。
 宋の時代(10〜14世紀)になると、いわゆる公衆浴場の設営が始まりました。浴場は高齢者から幼児に至るまで広く利用されました。さらに、明の時代(14〜17世紀)、公衆浴場は広く普及して、浴室の改善、温度調節の技術も進みました。
 アヘン戦争(1842年)以降、中国では西欧からの文化、医学がどんどん入ってきて、医学の世界にも変化をもたらしました。その中で、中国の薬浴は西欧医学の進んだ医学の一面は取り入れつつも、あくまでも中国医療の伝統を大事にして、民間の手によって国民の健康のために発展を続けて、今日に至っております。

<参考文献>
・本田済、澤田瑞穂、高馬三良訳:中国の古典シリーズ 4、抱朴子 列仙伝・神仙伝 山海経、平凡社、p461(1973年)
・馮亜萍著:中華薬浴、長虹出版公司、中国北京(2001年)
・江夏弘:お風呂考現学、TOTO出版(1997年)

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