【延寿通信】 2018年08月17日(金)

延寿通信 第181号 2018年9月

中国の薬湯の歴史

 漢方というのは、元来は中国が発祥の地ですが、わが国の今の漢方の先生大部分は、漢方は元は中国であったけれども、江戸時代以降、日本独特の医療として発達したもので、今日の中国医学とは全く異なるものであると説明しております。この漢方という言葉そのものも、わが国では一部の学会では東洋医学と言う名称に置き換えてはいますが、漢方という用語はしっかり日本に定着しております。中国では「漢方」という用語は、今では、ほとんど使われておらず「中医学」という用語が一般的です。
 漢方の医療で使われる薬は漢方薬ですが、その材料の大部分は薬用植物、すなわち生薬であって、原体にまでさかのぼると、中国も日本も同じです。
 しかし、これらの薬の使い方となると中国と日本とは大いに異なるようです。わが国では「生薬」という用語が一般的ですが、中国では「生薬」ではなく「中薬材」という用語が使われています。これらの個々の生薬の名称は、わが国と中国とのつながりは深いこともあって、共通のものが多く、漢字を見て判断するのは容易です。例えば、大黄(ダイオウ)、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)などです。ただし、ご存知のように、中国語の読みは全然違います。
 わが国の漢方で薬湯といえば、生薬の煎じ液、または薬入りの風呂を意味しますが、中国では、入浴の場合を意味するときには、「薬浴」という用語を使う場合が多いようです。しかし、この「薬浴」というのは、風呂だけではなく、身体の一部を洗ったり、あるいは薬液に漬けたりする場合も含まれます。
 わが国の薬湯、薬風呂では、特定の薬用植物が単体で使われている場合が多いのですが、しかし、中国の薬浴には歴史があって、たくさんの生薬が組み合わされた古い処方があり、今日もいろいろ工夫されているようです。
 実際に、中国の薬浴の現場を見聞きしてきたのではありませんが、文献にて中国の薬浴をここに紹介いたします。

1.薬浴(薬湯)の基本
 ここでは、薬湯というわが国の用語ではなく、薬浴という用語を使います。前述のように薬風呂の意味だけではなく、中国での解釈に従い、薬液に身体を浸す方法も含めます。
 薬浴、すなわち薬の液を身体に浸す方法としては、次の6種の方法があります。この場合、暖かい湯だけではなく、冷浴も含んでおります。
・薫蒸浴---蒸気浴ともいいます。薬液を加熱して、蒸気を立ち上らせます。薬
液は気体の状態になります。この方法を用いる疾患は感冒、中風、便秘、
脱肛、じんましん他多々あります。いわゆるトルコ風呂のように、薬の蒸 
気の中に身体を置きます。
・沐浴法---暖かい薬液で満たしたを浴槽に浸ります。薬浴の源泉です。内科、
  外科他、広範囲の疾患に適しています。
・浸洗法---薬液は薬物を煎じた液を使います。中国の医書古典『金匱要略』に
  出ています。薬液で洗うことになり、手足の疾患が中心になります。
・熱敷法---薬液を加熱し、その液に布を浸し、特定部位にあてて治療します。
・冷敷法---熱敷と同じですが、この場合は冷えた薬液を使います。
・ 熱熨法--これは中国医療の独特の方法です。薬物を炒って加熱処理したのち、
袋に入れて、これを患部に当てます。内科、外科、神経系の病気他いろい
ろの疾患に適しており、操作簡単、費用安く、安全で苦痛も少ないといい
ます。

2.代表的な薬浴の紹介
(1)蒸気浴法
 それぞれの薬浴について、もう少し詳しく見てゆきましょう。最初に、薫蒸浴です。これは蒸気浴とも呼ばれており、原理は名称の通り薬の蒸気の中に身体をおきます。蒸気浴で使われる薬剤は風通しをよくして、寒さ、湿気を散らし、痛み痒みを除くのに効果があります。
 蒸気浴で注意すべき点は、次の3点です。
 @施設面では室内を点検する窓口を設置しておくこと。
 A患部を薫蒸するときには、薬液の蒸気と患部の面との間に適切な距離を保
  つこと。
 B悪性腫瘍や急性の炎症、心臓疾患、出血傾向の疾患ある人などには、この
  蒸気浴は使えない。
 蒸気浴にはいろいろの方法があるようですが、全身薫蒸の場合の一つの方法を簡単にご紹介しましょう。この方法は密閉薫蒸法と呼ばれています。
 密閉できる小部屋を用意して、入浴者は坐るか、あるいは寝ます。薬物の入った液を加熱・煮沸して蒸気の上がるようにします。室内の気温は、最初30-35℃で、徐々に温度上げて40-45℃にします。薫蒸時間は15-30分。終了後入浴者は安静、休息します。
(2)沐浴法
 沐浴ですから、湯に浸かります。適度の温度の湯は身体を暖めます。また、薬物はこの湯に溶けるものは、どんどん溶けて体と接触して、肌を通じて薬物は体内に入り効果を発揮します。  
 ここで使う生薬には、マオウ、ケイシ、ケイガイ、ボウフウ、柳の枝、桑の枝のほか、キョウカツ、ドクカツなどが出ていますが、我が国では一般には入手困難な生薬が多いようです。生薬は、そのまま使う場合は布袋に入れます。また、煎じ液を使う場合があります。

3.薬浴の起源
 中国では薬浴には3000年の歴史があります。この3000年の歴史は、残された記録に出てくる漢字の使われ方で判断されます。もともと身体を洗うという意味では、いろいろの漢字があって、使い分けされてきました。例えば、手や足を洗う場合と、顔を洗う場合とは洗うという字が異なり、浴は体全体を洗う、
沐は顔を洗う、澡、和は手足を洗う時に使われました。
『山海経』というのは中国古代の神話と地理の本で、戦国時代から、秦・漢の時代に出来たといわれており、紀元前400年以降~200年ぐらいで、大雑把に言えば2000年前に出来た本ということになります。この本の中に、薬浴にかかわる次のような記事が出てきます。
「草がある。その名はオウカン。・・・これで浴すると、疥を癒すし、また、腫れ物をいやすによろし」
 また、馬王堆の遺跡(紀元前200年ごろ)からも薬浴にかかわる処方の記録が出土しております。唐の時代というと、日本では奈良時代ですが、この時代の医書『外台秘要』あるいは『千金翼方』などには、美容に配慮した薬物を用いた薬浴用の処方なども出ています。
 もともとは、地方の農村で生まれた薬浴は、長い歴史を経て、医療の分野にて医師の指導も受けて発展しました。

4.薬浴の展開と今後
 薬浴は医療に関係してはいますが、医学というよりも民間医療の世界で発展してきました。それは暮らしの智恵の積み重ねです。医学以前の段階では、当然、薬浴は一つの治療法として重い役を担ってきましたが、医療の進む段階に応じて、特定の病気の治療の実際では専門の医師に任せて、薬浴は治療からは離れてゆきました。薬浴はもっと、暮らしに密着して、より健康な体のために、快適な入浴を求めて、利用、工夫がなされました。 
 古代王朝の周の時代には、「女巫」という人物が関係し、月々の沐浴の時の薬草、特定疾患に対しての処方、入浴の仕方などを指導しました。
 次の時代になると、沐浴の研究はさらに進み、疾患に応じた薬浴、薬草の選択、温度、湯の量なども研究の対象になりました。このころは、宮廷の風呂だけでなく、寺院の風呂も「浴堂」として特定の役目を果たしました。これは日本の場合も同じで、今でも、東大寺には奈良時代に大湯屋(浴場)が出来、その後、火災にあったりして再建され、今日も堂々たる大浴室が残っております。
 宋の時代(10〜14世紀)になると、いわゆる公衆浴場の設営が始まりました。浴場は高齢者から幼児に至るまで広く利用されました。さらに、明の時代(14〜17世紀)、公衆浴場は広く普及して、浴室の改善、温度調節の技術も進みました。
 アヘン戦争(1842年)以降、中国では西欧からの文化、医学がどんどん入ってきて、医学の世界にも変化をもたらしました。その中で、中国の薬浴は西欧医学の進んだ医学の一面は取り入れつつも、あくまでも中国医療の伝統を大事にして、民間の手によって国民の健康のために発展を続けて、今日に至っております。

<参考文献>
・本田済、澤田瑞穂、高馬三良訳:中国の古典シリーズ 4、抱朴子 列仙伝・神仙伝 山海経、平凡社、p461(1973年)
・馮亜萍著:中華薬浴、長虹出版公司、中国北京(2001年)
・江夏弘:お風呂考現学、TOTO出版(1997年)

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【延寿通信】 2018年07月23日(月)

延寿通信 第180号 2018年8月

いかにも薬草らしい香り

--センキュウ

 生薬入浴剤「延寿湯温泉」の成分欄を見ていると「センキュウ」という名前が出てきます。これは薬用植物の一種ですが、目立つ植物でもなく、近くの山野に生えてはいないこともあって、やや馴染み薄い薬草かと思われます。
 もともとセンキュウは中国原産で、古来、中国では薬草として多方面で利用されてきました。薬用植物として古い歴史があり、原産国の中国では、5世紀の『神農本草経』という薬用植物の古典に収載されています。センキュウは日本には自生してはいない植物で、栽培によって特定の地域にて育っております。
センキュウが植物として、わが国に来たのは江戸時代で、栽培はその時点から始まります。しかし、薬としてのセンキュウは奈良時代から日本に来ており、古い歴史を誇っております。
 センキュウには、いかにも薬草らしい独特の香りがありますが、この香りだけを取り上げてセンキュウを話題にすることは役不足で、センキュウは香り以上に薬効が大事なのです。古くから、センキュウは重要な薬草として育てられてきました。
 薬用植物の本では、センキュウの作用には,中枢神経抑制、局所刺激作用、体温降下作用、鎮痙作用などがあげられ、効能として補血、強壮、鎮静、鎮痛、貧血、生理不順、冷え症などが並んでいますが、今日の医療では婦人用、冷え症用、皮膚疾患用などの主要薬として用いられております。

1.名前の由来と産地 
 センキュウという植物は日本では北海道、東北地方で栽培されています。中国では四川省が産地です。もともと、センキュウは古くから薬用植物として栽培されてきており、自生の場所は限られています。
 センキュウはセリ科の多年草で薬には根茎を使います。セリ科には薬になる植物が多く、また、香りに優れた植物が集まっており、高麗ニンジンの属するウコギ科はすぐ近くにあって、分類上部のセリ目にはセリ科とウコギ科が並んでいます。参考までに、野菜のニンジンは、このセリ科にあります。
 古い歴史を持つ薬だけに、センキュウの名前の由来となると、これは複雑で、ややこしい話が出て来ます。現在はセンキュウの名称には「川芎」という字を使います。この「芎」の字が難しいのです。本来は芎ではなく「穹」の字、あるいは別のキュウという字を使います。この「穹」の字は天を意味するといい、それはセンキュウが頭の疾患に使うからという説明があります。しかし、この「穹」の天という意味は頂上・頭ではなく、天が弓形・アーチ状になっているからという解釈があり、それが、植物センキュウの形に似ているからであるという説もあり、この方が理解しやすいかと思います。
 別に、産地名に関連して、胡芎(コキュウ)、あるいはセンキュウの根節の形状が馬のくつわに似ているというので、くつわに関連した名前をつけたものがあります。結局は産地名にちなんで、中国四川省の川と芎をつないで川芎(センキュウ)という名前が今日に伝わりました。
 日本では、センキュウ栽培の始まりは江戸時代で、この時に中国から栽培株がもたらされました。センキュウは寒気に強い植物で、現在、栽培は北海道が主で、そのほか岩手、群馬、富山、新潟などからも産出しています。栽培では場所を選び、夏涼しく、霧が発生し、あまり乾燥しすぎないところで、しかも、土地は肥えた排水のよいところが適しているといいます。

2.薬としてのセンキュウ 
 わが国のセンキュウの年間消費量(2016年)は、全生薬の年間使用量でみると、上位16位にあり558トンで漢方の処方では、よく使われています。そのうちの85%(469トン)が国産品であるというのは薬草では珍しく、海外からの輸入が8割近くを占める生薬の中にあって、センキュウは国内栽培品のトップクラスに位置しています。
 センキュウは成長すると高さは約60cmとなり、葉は羽のように刻まれており、葉柄の脚部が茎を抱いています。秋に白色の小花をつけます。センキュウは別名を女草(おんなぐさ)といいますが、見た目はそんなに優しそうな草でもないので、これはセンキュウが女性に使われる場合が少なくないからか、と思います。
 センキュウを薬として使う場合には、秋に掘り起こした根っこを湯に通して乾燥させてから使います。湯通ししないでそのまま干したものを使う場合もありますが、これは虫に食われやすいので、通常は生干しは使いません。
 センキュウは別名のように婦人薬で通用する場合もありますが、効能は広く、ご婦人専用ではありません。冷え薬、消炎剤、補血、強壮などに使われます。また、漢方では、センキュウを配合している処方薬剤は多く、全生薬の中では中程度にあります。例えば、わが国の一般的な生薬製剤(医療用)148処方への配合では、最高はカンゾウの98処方ですが、センキュウは24処方に配合されています。
 センキュウは煎じ薬のほかに、粉末にして内用剤、散剤、丸剤として使われる場合もあります。
センキュウが薬として使われるのは、成分中の精油成分に含まれるアルカロイドなどによります。精油成分というのは、センキュウの香りの元となる油分をいいます。 一般用の生薬製剤を見てみると、センキュウはいろいろいな製剤に配合されており、それらの製剤の効能は、例を挙げると、次のような疾患・症状が並んでいます。

@婦人血の道、産前産後、月経不順、下肢腰足の冷え込み、頭重
A中年以降、または高血圧傾向にあるものの次の症状:頭痛、頭重、肩こり、
 めまい、動悸  
B動脈硬化、血圧降下、神経痛
C痔出血
D高血圧にともなう頭痛・動悸・手足のしびれ・肩の凝り・のぼせ・めまい・
         いらいら
E湿疹、じんましん、水虫による炎症・化膿
 これらは一例であり、また、いずれもセンキュウ以外に、たくさんの生薬が配合されていますので、この効能はセンキュウだけのものではありません。

3.センキュウの風呂
 中国では、薬湯の風呂の歴史は古く、薬湯には、いろんな薬草が使われ、しかも沢山の生薬を組み合わせています。中国の生薬入浴剤の古い処方集をみると、この本の「薬浴常用方剤」の章には全部で約200処方掲載されていますが、その中でセンキュウの含まれているのは14処方です。この場合の薬浴は広い意味で、局部の洗浄液も含まれ、すべてが風呂用ではありません。また、薬草をそのまま風呂に入れるものばかりではなく、煎じた液を使う場合もあります。
 このデータでみると、センキュウの14処方というのは生薬の部類では多い方です。薬らしい香りと消炎、鎮痛が重んじられているからでしょう。もちろん、センキュウは薬湯には単独で使われるのではなく、他に、たくさんの薬用植物が配合されています。 
 参考までに、生薬入浴剤「延寿湯温泉」に配合されている他の生薬も調べました。樟脳(ショウノウ)は5処方、竜脳(リュウノウ)は13処方に用いられています。これらは清涼感と、スッキリした香りが大事にされており、中国の入浴剤でも引っ張りだこです。わが国で家庭の風呂で、よく使われる菖蒲、桃の葉、みかんの皮あるいはヨモギのように、これらを単独で浴槽に入れて使うことは、この中国の処方集ではあまり出てきません。
 先号のこの欄ではチョウジ風呂という香辛料のチョウジを単独で使った風呂を紹介しました。しかし、センキュウ風呂というのは、わが国および中国ではあまり耳にしません。センキュウを単独で浴槽に入れることは、歴史的にも、一般には行われていないのでしょう。センキュウには独特の薬草の香りがあって、風呂には都合いいのですが、根茎を使いますので、身がしまっていて、プカプカ浮かぶと言うものではなさそうです。

<参考文献>
・JAPIC 漢方医薬品集:(2014年)
・牧野和漢薬草大図鑑、竃k隆館(2002年)
・中華薬浴、長虹出版公司、中国・北京(2001年)
・日本医薬品集フォーラム監修:日本医薬品集 一般薬2018-19、鰍カほう

Posted by 管理者 at 13時52分   パーマリンク

【延寿通信】 2018年06月25日(月)

延寿通信 第179号 2018年7月

クスノキと樟脳

 樟脳には独特の香りがあります。樟脳はクスノキを水蒸気蒸留して得た油状の物から取り出した結晶で、カンフル・カンファーともいいます。クスノキの葉を揉むだけでも芳香が漂います、それが樟脳の香りです。爽やかな香りですが、しかし、この香りを放つ樟脳は、昆虫にとっては怖い香りであって、虫によってはこれに近づくことはできません。樟脳は虫除け樟脳といわれるほどに、古来、家庭の大事な衣服、書画の虫食い防止に使われています。とはいうものの、街路に生えているクスノキの樹木には虫に食われて孔が開いている葉もありますので、虫といえどもさまざまであると、虫の世の中も広いと、感じさせます。
 わが国におけるクスノキの歴史は古く、樹木の中でも、古い記録に残されている記事の量では上位にあり、日本書紀や古事記などにも、クスノキは登場します。松、杉、イチョウ、ケヤキなどは、都会の身近にある樹木ですが、これらも古いという点ではクスノキと並ぶでしょう。しかし、クスノキは巨木になり、単独で神社・仏閣などの目立ちやすい所にあり、何かと話題になりやすいからか、古木の伝説・記事がたくさん残っています。
 クスノキの漢字には、わが国では「楠」と「樟」とがあり、これらを区別することなく、同じものを意味して、両者は適宜使われています。しかし、中国では、この漢字は別物になっているようです。「楠」は中国ではユズリハという木を意味しており、「樟」は通常はクスノキですが、タブノキを意味する時もあるようです。文字の由来では、「楠」は南国から渡来したと木という意味です。「樟」は材木にした時、木目が美しい模様になっていますので、その意味で、美しい模様を意味する章(あや)という字からきています。クスノキの漢字は、まさに、クスノキを的確に説明しておりますので、二つの文字が同じ扱いになって使われております。幸田露伴はやや見解を異にし、「く」は香りの意味にて、
樟をクスノキというのは香りの強い木という意味であると説明しています。また、樟脳、竜脳の脳は植物の香りの激しいものに使うと言っております。
 わが国では「楠」という字は、樹木のほかに、人名としても使われており、楠木正成の楠一族は大阪河内の土豪で、南北朝時代に関西で活躍しております。「樟」の方は人名では、あまり出てきません。
 クスノキの主要成分カンフルは無色透明の結晶で、この結晶はクスノキから取り出して精製したもので、これを天然樟脳といっており、近年、出回っている化学合成により製造した樟脳は合成樟脳といい、市場では区別されているようです。天然樟脳は国産ですが、合成樟脳は大部分が中国から来ています。
 一昔前、プラスチックスの出現する前はセルロイドが日用品の材料として汎用されました。セルロイドは加工しやすく、扱いやすいので、写真のフイルムや家庭用品、文具などに広く使われましたが、燃えやすいのが欠点でした。このセルロイドの主原料は樟脳です。

1.クスノキという木
 クスノキは、本州の関東以西、九州に多く、韓国の済州島、中国、台湾の南部に生えている常緑の高木です。5月、6月の新緑の頃には、山野の緑を一手に引き受けている感じのする、元気な木です。 
 木の寿命も長いのがあって、何百年、何千年というクスノキの巨木が、日本のあちこちに残っています。クスノキは樹木が集まって森を形成すると言うよりも、単独で生えている場合が多く、そのせいか、樹木は目立ちます。
 樹高は20mになることもあり、幹の太さも2mを超える場合があります。これぐらいの巨木になると、さすがに樹木として真直ぐにはなりにくく、何かにもたれかかったような形になる樹木もあります。例えば、大阪府の巨樹ナンバー2のクスノキ「薫蓋樟」は門真市の神社にありますが、幹の下部は横たわり巨大な岩の塊のようになっています。大阪の巨樹1位はケヤキですが、上位30位の中には、20本のクスノキが入っております。全国の巨樹ランキングでは、上位50本のうち、33本はクスノキで、そのうち半分以上が九州にあります。
 日本一の巨樹は鹿児島県蒲生町の蒲生八幡神社にある蒲生のクスノキで、幹の周りは24.2m、根周りは33.5mです。この木は元気よく茂っており、遠くから見れば山なすごとくです。高さは30mで、割りに姿勢よく上に伸びております。樹齢は約1500年といいますので、弥生時代がようやく終わった頃に生まれました。この頃、まだ日本の国は生まれていません。

2.クスノキと薬
 クスノキという植物そのものを漢方の原料として使うことは非常に少なく、薬との係わりでは結晶の樟脳を化学合成の原料として使うことにあります。そういう意味ではクスノキの爽快な香りは薬らしくなく、どうしても防虫剤のイメージから離れられません。それほどに樟脳の防虫・防腐剤の存在価値が大きいのでしょう。
 植物の香りには薬らしい香りというものがあります。近く、本欄で取り上げる予定のセンキュウ、あるいはトウキという薬草には、いかにも薬らしい香りがあるのですが、クスノキの香りはこれとは大きく異なります。
 樟脳を薬として使う場合は、カンフルと呼ばれることが多いので、この章では樟脳ではなく、カンフルを使います。防虫剤の時は樟脳です。
 薬用植物として、クスノキは薬学の本に出てきます。クスノキ利用の説明を読むと、薬用として使うのは、結晶のカンフルを注射剤にて強心作用で使う場合、もう一つは、皮膚科の領域で使う外用剤で、カンフルを軟膏にして神経痛やしもやけ、打撲傷などに塗り薬で用いる場合です。植物のクスノキの葉や実、あるいは材木を煎じたり粉末にして内服するというのは出ていません。
 カンフルには薬として中枢の興奮作用があり、中国、欧州では古くから用いられてきました。薬としては注射剤で重症の心不全、心衰弱患者の治療に多用されました。そのために、カンフルには、比ゆ的に普通の手段ではどうにもならなくなった物事を回復させる非常手段という意味があり、「カンフル注射を打て」という文句が、薬から離れて、かつては、日常の会話に、マスコミにもよく使われていました。
 

3.防虫剤としての樟脳
 家庭であるいは事務所などで、衣服や文書が虫に食われるということはよくありました。建物の構造、材料の進歩でこういう虫の建物内への侵入は、最近は減りました。包装材料もプラスチックスのいいフイルムが出来てきて、衣服の虫害は減りました。一方では、殺虫剤の成分も変わり、その散布の道具、技術も向上してきましたので効果は上がっています。しかし、虫もどんどん進化しており、防虫剤の出番は一向に減りません。
 その中でも、樟脳は防虫剤として長い歴史があり、江戸時代から、連綿とその役目を果たしてきております。
 樟脳の防虫効果が優れているのは、一つには、樟脳の化学的性質の良さにかかわります。樟脳には適度に揮散して、限られた空間の中で、ガスが漂うという性質があります。防虫剤には、化学製品ではナフタリン、パラジクロールベンゼン、最近ではピレスロイドなどがありますが、衣服防虫剤の大事な性質では、侵入してきた虫を殺してしまうような強い殺虫効果は期待されていません。効果は強烈ではなく、虫が保存品に近づかないようにすること、いわゆる忌避効果が重く見られます。強力な殺虫効果があると大事な保存品に、虫の死骸が残り、汚れ発生の原因にもなります。大事な保管品を守るためには、死骸の発生を厳に避けなければなりません。
 樟脳が高価な衣服の保存に適していることはここにあります。また、衣服に残る香りも馥郁たるものであることが重要です。樟脳は、この意味では最適です。最近では無臭の防虫剤というのが出てきておりますが、無臭というのは、効いているのか、うまくガスが拡散しているのか、などが把握しにくく、この面では欠点にもなります。 かつては、満員の通勤電車で、ほんのり樟脳の香りが漂うのは奥ゆかしいことでしたが、今は、どうも無臭化に移行しているようで、満員の電車も味気なくなりました。

4.クスノキ風呂
 農家では、クスノキの葉を入浴剤として使うことは、古くからあったようです。クスノキの葉を浴槽に浮かばせて入いるのです。民間の風呂の薬湯には、桃の葉やヨモギが古くから使われてきました。ここに、クスノキを並べても不自然ではありませんが、いくらか異質なのか、桃の葉ほどは普及していません。浴槽にはヒノキが古くから用いられ、ヒノキの香りは風呂には最高の贅沢と言われています。クスノキは、木材にいい香りあるものの、浴槽の材料には使いません。 
 今や新緑の季節というか、燃えるかのごとくクスノキは茂っていますので、若い芽を切ってきて葉を浴槽に浮かばせ、香りを楽しむクスノキ湯をお奨めします。
 生薬入浴剤の「延寿湯温泉」には、樟脳油が配合されております。これは、クスノキから搾り出した油分で、結晶の樟脳を取り出した後のものです。樟脳油は「延寿湯温泉」の爽やかな香りの源泉の一つになっております。
 

<参考文献>
・難波恒雄:原色和漢薬図鑑、保育社(1980年)
・牧野和漢薬草大図鑑、竃k隆館(2002年)
・伊藤美千穂 他監修:改訂第2版 生薬単,潟Gヌ・テイー・エヌ(2012年)
・幸田露伴:露伴随筆集(下)、岩波文庫(1993年)
・早川美穂:お風呂大好き、生活情報センター(2003年)

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