【延寿通信】 2008年01月21日(月)

延寿通信 第53号  2008年1月 

正月の初湯はまた格別の味

 ―お風呂文化の話


 正月2日に沸かして入いる風呂を初湯といって、この習慣を私たちは大事にしてきました。今日もなお、初湯にこだわっておられる方も少なくないでしょう。年の初めに最初に入る風呂のことなのですが、初湯は一種の儀式であって、新しい年の初めを迎えて、これを祝うとは、さりげないことながら、奥ゆかしい話です。日本人の生活の知恵が生んだ習俗の一つです。

新湯(さらゆ)とか、仕舞湯(しまいゆ)という言葉があります。新湯(さらゆ)というのは、沸かしたままで、まだ誰も入っていない風呂の湯のことで、逆に仕舞湯(しまいゆ)はその日の終わりの湯のことをいいます。このように風呂の湯にも名前がついているのは暮らしの中で風呂の存在価値が大きいからであって、風呂場が単なる身体の洗浄場に過ぎないのであれば、こういう言葉は生まれてきません。
わが国の風呂は世界にも珍しい文化を生み出しております。今回は風呂文化および入浴の文化というものを考えてみましょう。

1.思わず極楽とつぶやく
 哲学者・評論家の鶴見俊輔さんは朝日新聞の記事の中で入浴について述べておられます。
次の文章は鶴見さんが引用している橋本峰雄さんの『風呂の思想』の1節です。
「湯浴みの快感とは、自分の肌にじわじわと湯が染みて、肌と湯、つまり内と外とのけじめがなくなってくる、それゆえにうっとりとしてくる皮膚感覚のことである。あるいは自分が湯に包み込まれる感じといえばよいだろうか」
この橋本説を評して鶴見さんは、肩まで湯につかったお年寄りが思わず「極楽、極楽」とつぶやくのは、母親の胎内にいたときの記憶が甦る、この宗教的体験なのだろうかと述べておられます。
江戸時代の式亭三馬による『浮世風呂』(1809年刊)には仏嫌いのお年寄りも風呂へ入れば我知らず念仏を唱えるとあります。風呂での「極楽、極楽」というつぶやきは確かに、よく耳にするのですが、お年寄り独特の声のようです。極楽を体験するには、かなりの年功がいるのは確かですから、風呂の極楽感はお年寄りに限られるのでしょう。

2.何より大事なのが 四民平等
 裸になってしまえば、殿様も家来も姿は変わりはありません。江戸時代から銭湯でもっとも大事にされ、庶民に受けてきたのがこの四民平等の感覚です。江戸時代の『浮世風呂』には、このことが強調されて冒頭に次のような一文が出てきます。原文のまま引用します。
「賢愚邪正貧福高貴、湯を浴びんとて裸になるは、天地自然の道理。釈迦も孔子もおさんも権助も、産まれたままの姿にて、惜しい欲しいも西の梅、さらりと無欲の形なり」
要するに、お釈迦さんも、孔子さんも、お手伝いさんも裸になってしまえば、皆同じということです。
 現代の感覚でこれをいえば熊谷真奈さんは朝日新聞の記事の中で
「銭湯にゆったりつかれば肌の毛穴が開く、硬い表情もゆるんできます。・・・・銭湯デモクラシー、いいかえれば裸体民主主義の力の源なのでしょう。裸のままくつろぐとニンゲン皆ちょぼちょぼという不思議な平等感覚が生まれるらしい」と述べております。
 
3.ホテルではトイレと風呂が同居 
 ご存知のようにビジネスホテルや観光のホテルに泊まると、通常はトイレの便器と風呂の浴槽が並んでいます。ところが、日本の本来の風呂、家庭ではこういう光景に出くわすことはありません。この違いこそ日本の入浴文化のユニークさを物語っております。
 排泄と入浴とを生理的行為として同じに考えることは日本人には出来ないでしょう。
日本の入浴は身体を洗うだけではないので、浴槽の隣に便器が並んでいたら、それこそ「極楽」「極楽」とつぶやいて、浴槽の中で鼻歌を歌うことも出来ません。
わが国の伝統的な入浴というのは、肩までどっぷり漬かって、全身からにじみ出る心身の疲れを洗い流して、心と身体を休めることであり、ストレスを発散する場でもあるのです。清潔・衛生的という合理的な考えに基づいて、排泄と肉体の洗浄を同一次元では解釈できない理由がここにあります。
 アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは太平洋戦争の最中に日本の文化・国民性を分析して『菊と刀』という本で発表しておりますが、その中で著者は「日本人の最も好むささやかな肉体的快楽のひとつは温浴である」と書いており、日本人の入浴習慣にはアメリカ人はじめ世界の国々の人々とは違う一種の受動的な耽溺の芸術としての価値を置いていると、分析し、わが国の入浴の文化を的確に評価しております。

4.変わりつつある銭湯と変わらぬ銭湯
入浴文化といえば、やはり今日でも銭湯の役割には大きいものがあります。
銭湯というのは、庶民の集まるところですので、にぎやかな交流もあって、江戸時代以来、一種独特の文化を形成してきております。銭湯は昨今の住宅事情の変化もあって、一部の地域ではかなり減少してきており、原油の値上がりで入浴料も値上がりしつつあり、決して良い環境にはないのですが、東京都や大阪府はじめ各地の浴場組合では、積極的な銭湯客への呼びかけによって、客の足止めに躍起となっており、かなり効果も上がってきているようです。各地の浴場組合のホームページを見ていると、その熱心な動きが伝わっていきます。まさに銭湯文化の揺さぶりを感じます。
 最近の朝日新聞には変わりつつある銭湯の様子が続けて紹介されており、銭湯の楽しさも報じられております。銭湯にかかわるマスコミの記事、ホームページなどはこのところ大変にぎやかになってきました。銭湯王国というと、京都府や石川県が名乗り出ており、積極的なPRが展開されております。
また、これは神奈川県の例ですが、浴場施設の構造変化だけでなく、地域の幼稚園児がマナーを学ぶ目的で、一緒に入浴する行事があったり、あるいは社会福祉のために高齢者等を招待してゆっくり入浴を楽しんでもらう催し物もあって、銭湯の新しい役割を生み出しております。
 しかし、この銭湯ブームも地方によって大きな差があるようで、参考までに、延寿湯温泉製造販売元のある東大阪市の実態をご紹介します。東大阪市のNTTの電話帳、タウンページには銭湯・浴場はどこに含まれているか調べてみました。当地の、タウンページは「病院・福祉・健康」の部類の中に、「リフレッシ」という小見出しがあって、ここにアロマテラピー、温泉浴場、健康ランド、サウナ風呂、銭湯、スーパー銭湯が並んでいました。東大阪市(人口51万人)の現況を最新の電話帳から拾って見ますと、次の通りでした。
天然温泉健康施設    1ヶ所
健康ランド兼サウナ   1ヶ所
銭湯         68ヶ所
スーパー銭湯      3ヶ所  
銭湯は新しい文化の生まれる楽しい場所に形態が変貌しつつあるとは言いますが、当地の場合、まだまだ、旧来の銭湯が断然多いいようです。ただし、名称は銭湯でも、浴場の構造・雰囲気を変える試みは各所で行われているといいます。

5.日本の温泉文学
 銭湯に次いで入浴文化では欠かすことの出来ないのが温泉の存在です。つい最近、新潮社の新書で日本の温泉文学を紹介した『温泉文学論』(川村湊著)が出版されました。特定の温泉と文学作品とのかかわりが出ているのですが、興味津津、作品における温泉の役割がなるほどと理解できます。たとえば、志賀直哉と城崎温泉のつながりは深いものがあります。尾崎紅葉『金色夜叉』の熱海温泉もしかりです。川端康成『雪国』の越後湯沢温泉、作品の冒頭句は有名で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は中学、高校の国語の教科書にも出てきますが、この湯沢温泉で繰り広げられる作品の内容は本来は成人向けであり、ポルノ小説に近い内容であると、『温泉文学論』では論じております。本書には温泉にかかわる楽しい文学が並んでいます。温泉にお出かけのときにでもお持ちくださいと著者はあとがきに書いております。ぜひどうぞ。
文学作品には文豪なじみの温泉旅館が出てきます。彼らは温泉の雰囲気が作品の制作に大きな影響を与るということを認識していたのでしょう。今日もなお、温泉によっては文豪のかつての滞在をPRしているところが少なくありません。たとえば、妙高の赤倉温泉
香嶽楼では、尾崎紅葉の文学碑が立っており、紹介のパンフレットにも大きく取り上げられております。この温泉旅館には明治から戦前にかけて与謝野鉄幹・晶子あるいは田山花袋ほか、多くの文人が訪れております。また、岡倉天心も赤倉温泉に住み着いて、終焉の地となり、天心の記念堂があります。
 ここで、かつてのと申し上げたのは、温泉の雰囲気と今日の作家風情とが果たしてつながるであろうか、これには疑問もあるからです。今日の作家の多くは温泉に泊り込んで作品を作り上げるということは、あまりしないのではないかと思います。
 温泉が生み出した日本文学というと、これは温泉そのものに独特の文化があって、それが生かされております。温泉とは特定の地域であり、湯の成分以外に、景色、環境が大きく作品に影響してきます。なるほど、湯につかれば心身の緊張もほぐれて制作意欲は湧くかもしれませんが、それであれば、わざわざ温泉にまで出かけなくて、入浴剤「延寿湯温泉」を入れた家庭の風呂で十分です。
温泉文学というからには、温泉地が必要です。海外にも温泉は、日本ほどではないにしても点在はしております。しかし、海外ではこのような温泉文学というのをあまり耳にしませんので、温泉文学というのは日本独特のものかもしれません。温泉の入り方は通常の家庭の入浴とは異なるでしょうが、前にも取り上げたように、入浴を生理的行為として解釈している欧米では文学どころではないでしょう。
                                    以上 
 

<参考文献>
神保五弥校注:浮世風呂、新日本古典文学大系、岩波書店(1989)
川村湊:温泉文学論、新潮新書、新潮社(2007)

Posted by 管理者 at 17時03分   パーマリンク

【延寿通信】 2008年01月14日(月)

延寿通信  52号  2007年12月

血圧の話

 木枯らしの吹く頃、風呂へ入って体を温めることは、何よりも幸せなひとときであります。
 入浴で体を温めるということは、皮膚を暖め、血管を拡げて、血液の流れをスムースにすることです。
 入浴と血液・血管とは深いつながりがありますので、それだけに血流量、血圧の上下に大いにかかわりがあります。

1.血圧とは何か
 血圧の単位はmmHg(ミリメートルエイチジー、Hgは水銀ということ)です。これは血液の持っている圧力を現しております。
 血圧の数値は通常は120/70mmHgですが、1気圧は760mmHgですので、血圧は1気圧の約1/10程度の押す力を持っていることを示しております。1気圧というのは、縦長の容器に水銀を76cm入れたときの容器の底の生じる圧力です。
 血圧の70mmHgの場合は7cm分の水銀の圧力になります。
 血圧とは動脈の壁に対する血液の圧力をいいます。
 血液は心臓というポンプの働きで体内を循環しております。
 ポンプの中で静かに血液が流れているのではなく、心臓ではドッキン、ドッキンという音が出ていることはお気づきのことでしょう。
 これは血流が激しい力で心臓の弁に衝突する音で、僧坊弁に当たる音がドツで第一心音といい、大動脈弁に当たる音が第二心音でドッキンのキンに当たる音です。
 心臓の収縮は1回で約70mlの血液が押し出されます。
 1分間に約70回心拍数(脈拍)があるとすれば、1分間に体に送り出される血液の総量は70mlx70=4,900mlとなります。
 この数字は、成人の平均的な血液総量に近いので、結局、人間が安静にしていると、血液は1分間で体内を1周してきていることになります。
 血液は、細い血管という管の中を通り、体の隅々まで短い時間に1周してくるのですから、かなり強い圧力を有していることになります。
 見方を変えれば、それだけの圧力を持っていないと、体内循環、すなわち血の巡りは満足に出来ないことになります。

2.血圧の上がり下がりと標準値
 成人の血圧は、先に120/70mmHgであると述べましたが、この血圧の数字は人さまざまであり、また、状況によっても数字は変動します。男女差もあります。
 しかも、血圧には心臓というポンプが縮んだり、拡がったりして、血液を送り出すため、その時、その時で血圧は変わり、心室の収縮しているときを「上の血圧」、すなわち収縮期血圧といい、心室の拡張しているときを「下の血圧」である拡張期血圧といって、通常はこの両者を測定して血圧の高、低を判断します。
 血圧の変動は、たとえば、「白衣高血圧」といわれる高めの血圧があるのですが、これは患者が外来で受診するときに、医師、看護師の前で精神的に緊張するために上昇することをいいます。
 そのときは「上の血圧」では約20mmHgも上がります。
 このほかに、一日の生活のサイクルによって変動し、午前10時から午後3時までは、血圧がもっとも低くなる時間帯です。
 この時間帯に診察を受けることが多いので診療所での血圧は低めに出ることがあります。
 このように変動があるため、平均的な血圧が知りたい場合には、起床1時間以内に測定した数字と、就寝前に測定した値とを足して2で割った数字を標準的な値として、取り扱う場合が多いようです。
 成人の標準的な血圧は、収縮期の「上の血圧」が135mmHg以下、拡張期の「下の血圧」が80mmHg以下をいいます。

3.血圧が高いということ
 先ほどの測定値で、高い血圧値が恒常的にあれば、高血圧症という疾患として治療が求められます。高血圧症は生活習慣病の一つであり、寝たきりや痴呆の原因である脳血管障害につながりますので、予防と改善にはとくに関心が集まっております。
 脳血管障害に起因する寝たきりとか痴呆の患者数は、日本は世界一です。
 高血圧症の場合は、その程度に応じて服薬して、あるいは生活習慣の改善で、血圧を下げます。高血圧とはどういう血圧の数値をいうのか、最近のわが国のデータでは収縮期の「上の血圧」が160mmHg以上、拡張期の「下の血圧」が95mmHg以上をいいます。
 この数字は出所により、また時期により時々変わり、常に一定とはかぎりません。
 WHOと国際高血圧学会のデータですが、治療域と服薬必要域とを次のように分けております。
 生活習慣で高血圧を改善できる範囲は収縮期の「上の血圧」が140〜160mmHg、拡張期の「下の血圧」が90〜100mmHgをいい、薬の服用が必要なのは収縮期の「上の血圧」が160mmHg以上、拡張期の「下の血圧」が100mmHg以上をいいます。
 生活習慣の改善というのは、肥満を防ぐことであり、そのために運動が進められ、又食事では飽和脂質、砂糖、食塩の制限、食物繊維の摂取増加などがあげられます。実際に改善を試みようという方は、この分野ではたくさんの生活改善指導の書物・文献が出ておりますので、それらをご参照下さい。

4.生活習慣病と高血圧
 高血圧の患者は、生活習慣病の中でも際立って多く、最近では800万人近くになっており、2番目に多い精神障害を倍以上引き離しております。この高血圧患者の多いのが、半身不随や、脳血管性痴呆の激増を招いております。
 高血圧症で注意しなければならないのは、自覚症状のないことです。
 通常は、測定しないと気づきませんので、血圧の高い家系の人は普段から、家庭での血圧測定を試みるか、健康診断、人間ドックなどで、監視しておく必要があります。
 高血圧症を防止するため成人を対象とした啓蒙活動が国の施策として、たとえば「健康日本21」、さまざまのキャンペーンの形で展開されております。
 開業医、病院も参画していますので、広くPRが行き届き、治療、予防の知識は広く成人の間に普及しております。ここでは深入りは避けておきます。

5.入浴と血圧
 生活習慣病の予防全般ではできるだけ休養をとり、ストレスを発散させることが重視されております。これは、ご承知のように、たびたび本紙で取り上げてきている入浴の効果そのものでもあります。
 入浴剤「延寿湯温泉」は、それをバックアップしております。
 入浴には素晴らしい健康へのメリットがある反面、特定の人には要注意になる場合があります。
 特に冬の周りの寒い環境下では、急激な血管収縮による血圧上昇を招きますので、温度差の激しい場合には入浴は気をつけねばなりません。
 循環器系統に支障を持つ人、血圧の高い人、そして高齢者一般の方々には、注意信号が点灯しております。
 温度の感受性は人によって必ずしも一律ではありませんが、通常40度以下のぬるい湯では下半身が温まると血管は拡張して血圧は下がりますが、逆に42度の熱い湯では、血管は収縮して血圧は上昇します。
 この原理を応用して言えることは、血圧の高い人は42度以上の熱い湯には入らないで、ぬる目の湯(40度ぐらい)で10分ぐらい浸かる、のがお奨めのようです。また、血圧上昇に無理のかからない入浴法の一つは半身浴です。
 全身首まではどっぷりつからないのですが、暖房の効いていない風呂では、ほどほどにしないと、風邪を引きます。
 また、居間、脱衣場、浴場の急激な温度差を避けるため、特に浴場・脱衣場では暖房したり、湯気を立てることが望まれます。
 外気と室温の場合、温度差は5度以上にならないようにいわれていますが、この数字は室内と風呂場との間にも通じるでしょう。






<文献>
椎貝達夫:腎臓病の話、岩波書店(2007)
香川靖雄:生活習慣病を防ぐ、岩波書店(2000)
国立循環器病センター:循環器病情報サービス

Posted by 管理者 at 17時05分   パーマリンク

【延寿通信】 2008年01月10日(木)

延寿通信 第51号 2007年10月

入浴で体内の有害物質を流す

 風呂につかって汗を流すことは入浴の役割で見逃せない効果の一つです。
 なぜ風呂に入るのかといえば、すなわち、入浴の目的となりますが、それにはストレス発散、身体を温める、身体をきれいにする・・・・・いろいろ並びます。
 その中でも今回は冒頭に挙げた風呂につかって汗を流すことについて、どういう効果が期待できるか考えてみましょう。

入浴と発汗
 同じ水というか湯の中の出来事ですので、風呂に入って一体、どれだけ、どのように汗が出ているのか、これはなかなか分かりにくいことです。これが、サウナや岩盤浴であれば、湯そのものは使いませんので、汗が出ているということは明らかにわかります。
 入浴の際、実際にはかなりの汗が出て、相当量の水分が失われます。
 したがって、高齢者は入浴前後に大量の水分補給が求められ、同様に幼児、赤ちゃんについても同じことがいわれております。
 現実には、大量の汗が出ていることを確認する一つの方法は、湯につからない部分、たとえが頭や顔の発汗が一つの目安になりますが、目安の域を出ません。
 入浴でさっぱり汗を流すのはストレス解消に大いに役立ち、入浴の洗浄効果よりも、このストレス発散を入浴の効用第一に挙げる人もいるほどです。
 
汗で流れるもの
 発汗で排出されるものでは一番多いのが、塩分NaClです。 夏の暑いとき、たっぷり汗をかくと、身体の表面や衣服にざらざらと塩の結晶の析出するのを経験することがあります。
 夏の運動したときには1日に10リットルの汗の出るときがありますが、このときの塩分は50〜100g近くにまで及ぶときあります。
 汗で排出される次に多いのが尿素、アンモニアのたぐいです。
 アルコールは量的には多くはないのですが、汗に混じって排泄されます。
 また、肺の中にも入りますので、吐く息は酒臭くなります。
 これらは臭いによって明らかに分かるために、排出されていることに気がつきやすいようです。
 しかし、ミネラルのようなもの、体内の有害金属の量は、通常の健康人では汗の排出物としてはデータに挙がってきませんので、難しいところです。

有害物質の排出
 体内に摂取された有害物といえば重金属以外に、化学物質、あるいは医薬品なども治療目的以外には量的には限られていますが、有害化合物になる場合があります。
 もちろん、もともと有害物質である麻薬や覚せい剤は、習慣性や蓄積する性質もあって、中毒の可能性が高くなります。
 通常、このような体内に摂取された有害物あるいは代謝老廃物は消化器官によって排泄される場合がほとんどです。
 化学物質のような有害化合物は肝臓による代謝によって、構造が変えられたり、あるいは他の物質がくっついたり、取り囲んで無毒状態にして排出されることがあります。
 食中毒などでは、有毒物質、腐敗物などが胃に入った段階で、それ以上の侵入を許さないため、嘔吐という形で排出させることがあります。
 薬物中毒あるいは好ましくない薬物の服用や誤嚥では、強制的に吐かせる場合があります。

岩盤浴とサウナで汗を出す
 岩盤浴(がんばんよく)というのは、今や、都会の各地に専門の店が進出し、あちこちでみかけるようになりました。特に、女性を中心に利用者が増えているようです。
 温めた石、岩石でつくったベッドに横になり、汗を発散させます。乾燥した、水を使わない方式ですので、厳密には入浴とはいわないのでしょうが、温かいベッドに横たわることを入浴といっているようです。
 この状態で30分ぐらい寝転びますので、たっぷり汗をかきます。汗を大量に出させるのが、この岩盤浴の目的です。岩盤浴の歴史は中国では数千年以前から、温かい岩石を抱いて体を温める健康法があったといいます。
 一方、サウナ風呂というのも歴史は古く、北欧フィンランドが発祥の地で、2000年の昔にさかのぼります。
 もともとは白樺の木をどんどん燃やして、それに水をかけて大量の水蒸気を発生させたといいます。
 密閉した中で高温の水蒸気に包まれ、ここで十分の汗を流すことになります。このサウナでは、白樺の木に独特のつながりがあって、白樺が燃えたときに出す油を「森の精」といって、白樺の精油薬効、たとえば鎮静作用とか、あるいは新陳代謝を盛んにするとか、いわれております。
 もともとの北欧フィンランドのサウナは、水蒸気による発汗作用だけの効果ではないのです。
 今日のわが国のサウナでは、乾いた熱気、遠赤外線によるものなど乾式のものがありますので、一概にサウナを湿式であるとは言えないようです。
 いずれにしても、共通するのは大量の汗をかくことです。
 岩盤浴、サウナはともに大量の汗を出させることを目的としております。
 発汗によるストレス解消以外に、身体の中にたまった有害金属の排泄に役立ち、あわせてダイエットにも効果があると宣伝されているようです。
   
発汗の促進と抑制
 汗を出すことの本来の目的は、体表面から水を蒸発させて、体温を下げることにあります。水は蒸発するときに大量の熱を奪うので、周りの温度は下がります。
 都会では夏に打ち水することが最近流行っていますが、この効果とまったく同じこと、焼けた道路が冷えるだけではなく、気化熱によって道路近辺の気温は下がります。
 また、大量の汗をかくことは、それだけ体内の代謝を盛んにしてエネルギーも消費されますので、運動したときのような効果が期待できます。
 また、身体の温度を高めることは、免疫力も高まります。免疫力が高い温度で高まるということは、最近、特に強調され、ガンの温熱療法、ハイパーサーミアに結びつきます。
 体内の有害金属、あるいは有害ミネラルとしては、たとえば、カドミウム、水銀、鉛、ヒ素、ベリリウムなどをいいますが、これらの排泄を、最近はデットクス(解毒)と呼んで、医学的にも重視されるようになってきました。有害金属が健康に及ぼす影響については、かつての大きな公害事件、カドミウムは新潟、富山のイタイイタイ病で、あるいは水銀では水俣病で、十分ご存知のことと思います。
 たとえば、水銀ですと、身体に及ぼす影響として、腎臓・肝臓障害、難聴、感覚障害、平衡機能障害、運動失調、言語障害、四肢のしびれ、頭痛、下痢、食欲不振ほか、が挙げられております。
 これらの有害金属を体外に排出する一つの方法に発汗があります。
 もちろん、発汗がすべてではありません。排出には薬物、食事療法ほかがあります。

漢方における発汗 漢方の基礎
 中医学(今日の中国の漢方中心医療)では、発汗作用というものが重視されており、漢方の基礎的な治療法の一つになっています。発汗作用を解表(げひょう)と呼んでおり、体内の有害物質、不要物を外部に発散させることをいいます。 厳密に言えば、ここで排除すべき対象を邪(じゃ)といい、適正な生理活動を阻害する外部の環境、異物などが体内に影響を与えることを、漢方では邪の働きによると解釈する場合が多く、この邪をどのように排泄するかが治療のひとつの方策となります。
 これらの治療手段を解表といい、具体的には発汗と解肌(げき)とがあります。
 発汗と解肌とはほとんど同じで、ともに感染症の治療に使われますが、汗を出させる作用を目的としております。
 要するに汗とともに体内の黴菌や有毒物、不用品を外に排出することによって治療効果を挙げようとするものです。発汗は薬物によって行われますが、参考までに、発汗に用いられる生薬にはマオウ、ケイシ、シソヨウ、ケイガイ、ショウキョウほか、があります。

<参考文献>
真島英信:生理学、文光堂(1986)
田多井吉之助:健康歳時記、有斐閣(1979)
中山医学院編:漢薬の臨床応用、医歯薬出版梶i1979)

Posted by 管理者 at 17時07分   パーマリンク

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