【延寿通信】 2008年03月11日(火)

延寿通信 第55号 2008年3月

風呂に入って本を読み、ラジオを聴く

 お風呂と読書


延寿通信  55号  2008年3月  

風呂で読書して、ラジオを聞く

女優の栗山千明さんは、元気の秘密は風呂が長いことにあり、「帰宅したらとにかくお風呂に入りたい。あまりに気持ちよくて、すぐに時間がたってしまうんです」と、お風呂を礼賛しています。そのうえ、風呂では読書に熱中、腰まで湯を張り、浴槽に半分ふたをしてひじを乗せ、小説や漫画を読みふけるのだそうです。
同じように、女優の佐藤寛子さんも電車の中で、お風呂の中、ベッドの中で読書にふけるとのことです。
風呂で読書される方は意外と多いのではないでしょうか。
風呂で読める本の出版は増加しており、一方では風呂ラジオという商品も電気屋さんには各種並んでいます。風呂で音楽を、スポーツ番組をと楽しんおられる人もいます。
風呂は湯に漬かって汗を流すだけではなく、心身リラックスの場として、ゆっくり、ゆったりする憩いの場所に変わりつつあります。

1.風呂で読む本
 湯や、水は本の大敵です。本は湿気を最も嫌うのですが、その本が風呂でも大丈夫となると,一体この本はどこが違うのだろうかということになります。
 風呂の本の材料は、すべてプラスチック製で、塩化ビニールが多いようです。塩化ビニールは美麗な印刷が出来るのが特徴です。また、比重はプラスチックスのなかでも大きい部類に入り、風呂の湯では沈みます。ほかに発泡ポリスチレンによるものや、ポリエチレン系もあります。この2者は、いずれも軽く湯には浮きます。子供の絵本などは、この系統が好まれます。
 問題は本の綴じる部分にあります。ページが少ない場合は熱接着している本がありますが、接着方式は厚みによっては扱いにくいときがあるので、リング式にして束ねて、接着を避けている本もあります。これですと開きやすく、閉じるのも簡単です。
ステンレスで留めている本もあります。
風呂で読む本は、「風呂用」と標榜している本を確認してお求めください。
参考までに、水に濡れても大丈夫という印刷物には、ハイキング用の地図があります。印刷は鮮明であり、雨にあったら、かぶって、傘の代わりにしてくださいとも書いているほどです。

2.風呂ではどんな本が読めるか
 この世界で実績のあるのは、世界思想社(京都市)の「風呂で読む・・・」シリーズで、1993年から出版されております。世界思想社(京都市)というのは学術書出版には定評のあるところです。シリーズは日本の古典文学、文学、および中国の古典文学が中心であり、内容はやや硬いのですが、著者はその道の一流の方々が並んでおります。
 「風呂で読む・・・」の最新刊は2000年ですので、このところ出版は止まっているようです。シリーズには全部で36冊あります。その一部をご紹介しましょう。
入谷仙介:風呂で読む王維 2000年刊 999円
安森敏隆:風呂で読む短歌入門 2000年刊 999円
平居 謙:風呂で読む現代史入門 2000年刊 999円
松平盟子:風呂で読む与謝野晶子 2000年刊 999円
興膳 宏:風呂で読む陶淵明 2000年刊 999円

世界思想社の説明によれば、このシリーズの特徴は「合成樹脂製の特殊紙使用で耐水性抜群、湯水に濡れても大丈夫。じっくり読み味わう知的風呂生活宣言。大活字を使った目に優しいレイアウト」です。
 東京の潟tロンティアニセン社はフロンティア文庫と称して、「風呂で読む文庫100選」を順次出版中ですが、このあと「風呂で読む漫画100選」「風呂で読む時代小説100選」など、風呂シリーズの出版を計画中だそうです。
 このシリーズでは、芥川龍之介「羅生門・蜘蛛の糸」、太宰治「人間失格」森鴎外「ヰタセクスアリス・阿部一族」など、文学作品が多いようです。ほかに、日本の昔話10選、あるいは「源氏物語」全14巻とか、すごい本も並んでおります。1冊1050円。
本シリーズの特徴は、ページの綴じ込み部まですべてが塩化ビニール製になっていること、綴じ込みがリングになっていて、めくったページが収まりやすいこと、などで、他に不要になったら塩ビを処分するから送り返してください、と配慮されていることです。
 風呂で読む本は一般に、古典文学や昔話など、どちらかといえば硬い読み応えのあるものが選ばれております。毎日の入浴習慣で、少しずつでもじっくり読んでくださいというのが出版社にはあるのでしょう。雑誌や漫画週刊誌のように1回ざっと読んだらおしまい、という類の本は見当たりません。
 なお、子供用として、風呂の温度で色の変わる絵本が出ております。これは、小さな幼児が入浴を楽しむようにという意図で作られたもので、おもちゃに近いかもしれません。
 
3.風呂読書の注意
 最近の朝日新聞の特集記事で、入浴の安全が特集され、高齢者の熱い湯の長時間入浴は健康上、避けるように、カラスの行水がお奨めであると書いてありました。これは高血圧症や循環器に疾患を持つ人にも共通しておりますが、熱い湯の長時間入浴は、要注意になっております。カラスの行水もいいけれど、浴室内暖房など、身体を冷やさないような設備が必要になり、そういう環境になっていない場合、風邪ひきが心配になり、一概にカラス式入浴法は奨められません。
 ところが、風呂で本を読むとなると、5分や、10分では済みません。読書に夢中になっていて2時間も入り、指がふやふやになってしまったという方もおられました。しかし、長時間入浴の人は、通常は半身浴ですので、健康上の問題は少ないようです。読み出したら止まらない、という内容の本では、ほどほどにしないと入浴中ではエネルギーの消耗が大きいので、風呂から出てきての読書をお奨めします。
風呂に、古本や新聞を持ち込んで、済んだら捨てるという方法もあります。しかし、普通の紙の場合、いったん水に濡れたら、読みにくくなりますし、紙は変質し、乾燥しても元には戻りませんので、プラスチックの特殊紙でない場合は、紙を濡らさない工夫がいります。本を読むときには、浴槽に半分ほどふたをして、そこに乾いたタオルを敷いて、そこに本を置いて読むのだそうです。しばしば、浴槽の中に、ドボーンと落とすことがあるので、これも要注意です。
もう一つ、風呂という環境は、湯気の立ちこむこともあって、必ずしも明るいとはいえません。長時間では目が疲れます。もともと、風呂用の本は、この点を意識しており、文字は大きくなっております。

4.風呂で聞くラジオ
 風呂で本を読むと、どうしても濡れたりするのがいやで、ラジオを聴くに限りますという方もいます。ラジオもどんどん機種が増えましたし、最近は風呂用のCDやTVも盛んに広告が出てきております。風呂で英語のCDを聞いたり、台所で好きな音楽を聴いたりと、水場でラジオを楽しでいる方がおられます。
たとえば、ソニーの場合、キッチン&お風呂場ラジオ といって、次のような製品が並んでおります。
ICF-S70SP お風呂場でもニュースやスポーツ中継が楽しめる。
      防マツ仕様のFM/AM お風呂ラジオ 5775円 
(防まつ形)
ICF-S79V  調理に役立つタイマーをはじめ、キッチンで料理
を作りながらラジオやテレビの音が楽しめる 7875円  (防滴II形)  
ICF-S75V  お風呂やキッチンなど、水まわりの場所でテレビ     の 音声やラジオが楽しめる。便利なタイマーもつい      たお風呂ラジオ 8190円 (防まつ形)
 電源は電池のものや3電源、4電源というのもあります。
ここではラジオだけを取り上げましたが、TVでは、4電源方式で臨場感を楽しめるステレオ放送対応というのもあります。このテレビは、液晶5型 28800円です。

5.風呂ラジオでご注意いただきたいこと
 ラジオといえば、本と同じように湯、水を嫌いますが、風呂ラジオには独特の防水技術が施されております。防水と一口にいっても、段階がありますので、ご注意いただきたいのは、どのレベルの防水かということです。代表的なタイプを2,3紹介します。保護等級はレベル8が最高で、これは指定の水の中で使用してもいいというものです。通常は4等級ぐらい。JIS規格(日本工業規格)では電気器具の防水の程度を次のように定めており、これらのレベルはそれぞれ風呂ラジオには表示されております。

保護等級 種類   意味
1  防滴I形 鉛直に落ちてくる水滴によって有害の影響がない
2  防滴II形 鉛直から15度の範囲で落ちてくる水滴によって        有害の影響がない
4  防まつ形 いかなる方向からの水の飛沫を受けても有害の        影響がない   
6  耐水形  いかなる方向からの水の直接噴流を受けても内        部に水が入らない  

 もう一つ、電源にはいろいろありますが、コンセントを使う場合は水濡れ漏電の危険がありますので、必ず透明のふたつき防水コンセントをご使用ください。風呂でラジオを使う人が多くなったので、特別に用意されているそうです。

 風呂で読書したり、ラジオを聞いたりする人たちは、残念ながら入浴剤使用にはつながらないようです。長時間の方が多いこともありましょう。冒頭に挙げた女優の栗山千明さんは、入浴剤は一切使いませんと明言されております。しかし、心身を癒すには、五感のうち、目や耳それにもう一つ,鼻で香りを楽しむことも付け加えてください。
 憩いの場所には心を休める香りの役目を大事にしたいものです。そのとき、延寿湯温泉が登場です。
                                                       以上







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【延寿通信】 2008年02月02日(土)

延寿通信第54号 2008年2月

本場 中国の薬湯の歴史

延寿通信  54号  2008年2月  

薬浴発展史―本場中国の薬湯の歴史

入浴剤の処方にはいろいろ系統がありますが、大きく分けられるのは温泉の成分を基準にしている無機塩類の温泉タイプと、もう一つは宗教の香薬に起源をもつ生薬(薬用植物)の薬湯タイプです。
 温泉タイプの入浴剤は、化学の発展とともにあるので、比較的新しく、明治以降の誕生になり、とくに温泉の豊富な日本で育っております。しかし、延寿湯温泉のような生薬タイプの薬湯には古い歴史があります。
 現在の漢方医学、東洋医学の元祖中国では生薬の処方・使用には長い歴史があり、人によっては4000年の歴史という場合もあるほどです。生薬の薬湯タイプにはこの漢方の歴史による古い、古い生い立ちがありますので、簡単に足跡をたどって見ましょう。
 はじめに、使用する用語について説明しておきます。中国では入浴の際に生薬を入れる場合、「薬湯」というよりも「薬浴」という言葉が使われております。ここでは通常は薬湯(くすりゆ、やくとう)を使いますが、中国の例を取り上げるときには薬浴を使います。一方、中国医学では「湯液(とうえき)」という用語がしばしば出てきます。湯液というのは、通常は煎じ薬(せんじぐすり)を意味して、ちょうどお茶のように、生薬を湯で煮詰めて液を内服することを言います。これは中国の医学では基本的な薬の内服方法であって、薬湯とは関係がありません。

1.中国古代の古典の記事
(1)古代の薬浴
 中国では、歴史以前、殷の時代、甲骨の中に「浴」という字が出てきているといいます。この浴という字はもともと廟に祈るために禊(みそぎ)をするという意味からきており、それが今日「湯に入って体を温め、また、洗うこと」の意味になりました。この時代にすでに湯に漬かるということが行われていたことを意味します。
 屈原(BC4世紀ごろ)の『楚辞』は中国文学の源流になっていますが、この『楚辞』離騒の中でヨモギを香りの草として身に着け、大事にされています。これが、5月5日の端午の節句のヨモギ湯につながってゆきます。端午節句の薬湯は民間の習俗で受け継がれていますが、わが国では、この話は菖蒲湯となって武勇に優れた男児の成長を称えます。菖蒲湯は屈原をモデルにしているといわれております。
 『山海経』(せんがいきょう)という本は3世紀頃の中国にて発行された一種の地理書なのですが、なにぶんにも古代のこと、怪しげな鬼神、草木、鳥獣、虫魚などがぞろぞろと登場します。この本の中に、薬湯の記事が出てきます。
たとえば、次のような一文があります。
「竹山という山には頂上に高い木があり、山の北には鉄が多い。草がある。その名をオウカンという、その形状はオウチ(センダン)の如く、その葉は麻のよう、白い花に赤い実をつけ、性状は赤土の如くで、これを湯に入れて漬かると疥癬(かいせん)がなおる」

(2)医療の書『五十二病方』の薬浴
 さすがに中国には医書の古典が沢山あります。その中でも『黄帝内経』は紀元前5世紀で医書の最も古いものとして挙げられますが、ここには薬浴は出てきません。次に挙げられる古い医書が『五十二病方』で、これは紀元前2世紀です。この書はつい先ごろ、1973年に馬王堆の古墳から出土した書物で、世間に出てきたのはまだ新しいものです。
 この書に薬浴が出てくるのです。おそらく、薬浴では最も古い部類にはいるでしょう。参考までに、この頃の日本はまだ文字がなく、弥生時代の穴倉生活で、入浴には縁遠い暮らしをしていました。温泉に漬かる、薬草を入れてみる、と言うことはあったかもしれませんが、何分にも記録がありません。
 『五十二病方』には湯という文字がしばしば出てくるのですが、たとえば、洗浄するために湯を使う、あるいは薬物を湯通しするために湯を使うなどですが、薬浴としては次のような記述があります。
@これはすねの傷が、膿んでつぶれ、膿が流れているのを治療する方法ですが、水に薬用植物を3種(不明)入れて、これを煮て、湯に足をつけるとなおる、という記事です。
A疥癬の場合は桃の葉を水にいれて煮る、3回煮て湯にする。
桃の葉は今日もわが国では薬湯の材料として用いられておりますが、この場合の桃の葉は薬としてよりも、呪術的な使い方であるといわれております。桃という植物は、中国では魔よけの植物として、元日に飲用する習慣もありました。
 『五十二病方』には247種の薬用植物が出てきます。使用例は種々ありますが、外用としての使用では薬浴以外に 軟膏のような貼り薬、烟薫、蒸気薫(薬物を熱であぶりその蒸気をあてる)熨法(薬物を粉末にして炒って患部にあてる)あるいは按摩法なども出てきます。
 唐の時代になると、『黄帝内経』の解釈書がぞくぞく出てくるのですが、薬浴につながりの深いのは、『千金翼方』(652年完成)と『外台秘要』(752年に編纂)です。
 『千金翼方』には女性の美容のための処方なども並んでおります。この場合、入浴というよりも顔はじめ身体各部の洗浄方法に詳しいといえます。もう一つは香りの高い薬用植物を、防虫はじめ暮らしに使ってゆくことも出てきます。

2.薬湯の発展
 薬剤を外用として用いるのは、たとえば軟膏の塗り薬がその一例ですが、これは先の『五十二病方』においても詳しかったように、薬浴と深いつながりがあります。その中には外部から薬剤を処理して、患部に届けようとする工夫でもあります。それが、医療書ではいろいろの風呂の入り方であり、別の言葉で言えば、薬剤の与え方でもあります。
 これは中国医学の外科的療法の中軸で、独特の発展をしております。単に薬剤を患部に与えるだけでなく、清潔、予防、保健などの目的も加わります。この方法を行うためには患者・医師が一緒になってしますので、薬浴は中医外科と相互依存、相互発展してゆくことになります。
 さきほどの5月5日 端午節句の屈原によるヨモギ湯のたぐいが、周の時代には広く民間にも普及します。1年中の特定月に沐浴し、5月に香りのいい植物を煎じて沐浴することもおこなわれました。
 中国の当時の宮廷では香り豊かな植物を袋に入れて池に漬け、冬といえども一定の温度に保って、入浴を楽しむこともありました。温泉に薬草を入れて漬かることになります。温水浴ともいっておりました。
 宮廷外では寺院の浴室を僧侶は仏粗崇拝の場として、沐浴は日常生活に欠かせない重要な修行となりました。浴槽には薫り高い薬草を浸し、寺院の浴室は浴堂といいました。この宗教行事の伝統は奈良時代にわが国にも伝わっており、東大寺や興福寺などにて往時を偲ぶことが出来ます。

3.近代の薬浴
 中国の宮廷や寺院などの限られた人たちによる薬浴は、近代になって人々のなか広く行き渡りました。日常の農家の暮らしの中にも普及しました。薬浴は特定の疾患にというのではなく、疲労回復や精神的な疲れを癒すのにも用いられました。この場合、薬浴にどのような薬用植物が用いられたかについては定められた処方はなく、どちらかといえば、民間医療的に身の回りにある植物、たとえば、桃の葉、ヨモギ、菖蒲など、香りのあるものが愛用されていたようです。
 今日の中国では薬浴は各地で広く用いられており、薬浴の医学書も出ております。しかし、わが国のように入浴剤として特定の処方のものが薬局で一般に発売されているのかどうかは、明らかではありません。

(1) 薬浴の方法
 薬湯、厳密には中国における薬浴では風呂に全身を浸すだけではなく、次のようにいろいろの方法があります。
@蒸気浴 患部に蒸気をあてる
A沐浴法 浴槽の薬湯につかる
B浸洗法 患部を薬湯につける   
C熱敷法 薬液を浸した暖かい布をあてる 温シップ
D冷敷法 この場合は冷たい布による 冷シップ
E熱炙法 薬物を熱で暖めて袋に入れ、患部にあてる
(2)薬浴に用いられる薬用植物の一例
 民間に広まった薬浴では、とくに漢方で使われる薬用植物は用いられませんが、医療の立場での医師のかかわる薬湯では、たとえば肩の凝りや腰痛などの場合には次のような薬用植物が使われます。この中には、わが国の入浴剤で使われる植物とはちょっと異質で、みなれないものがありますが、解説は省きます。
マオウ(麻黄)、ケイシ(桂枝)、ケイガイ(刑芥)、ボウフウ(防風)、シンイ(辛夷)、サイシン(細辛)、ハッカ、ゴボウシ、センタイ、キクカ(菊花)カッコン(葛根)

 漢方の本場、中国では中医学・中薬学の伝統医療は西洋医学の導入とともに融合して、国民の間に展開されており、薬浴は医学の世界でも論じられております。
 入浴剤というのはわが国の独自の製品ではないようですが、本場中国でも、入浴剤の商品を見かける機会が今後、もっと増えてくることでしょう。





<参考文献>
伝維康ほか:中国医学の歴史、東洋学術出版社(1997)
山田慶児:中国医学の起源、岩波書店(1999)
星川清孝:楚辞、明治書院(1972)

Posted by 管理者 at 16時47分   パーマリンク

【延寿通信】 2008年01月21日(月)

延寿通信 第53号  2008年1月 

正月の初湯はまた格別の味

 ―お風呂文化の話


 正月2日に沸かして入いる風呂を初湯といって、この習慣を私たちは大事にしてきました。今日もなお、初湯にこだわっておられる方も少なくないでしょう。年の初めに最初に入る風呂のことなのですが、初湯は一種の儀式であって、新しい年の初めを迎えて、これを祝うとは、さりげないことながら、奥ゆかしい話です。日本人の生活の知恵が生んだ習俗の一つです。

新湯(さらゆ)とか、仕舞湯(しまいゆ)という言葉があります。新湯(さらゆ)というのは、沸かしたままで、まだ誰も入っていない風呂の湯のことで、逆に仕舞湯(しまいゆ)はその日の終わりの湯のことをいいます。このように風呂の湯にも名前がついているのは暮らしの中で風呂の存在価値が大きいからであって、風呂場が単なる身体の洗浄場に過ぎないのであれば、こういう言葉は生まれてきません。
わが国の風呂は世界にも珍しい文化を生み出しております。今回は風呂文化および入浴の文化というものを考えてみましょう。

1.思わず極楽とつぶやく
 哲学者・評論家の鶴見俊輔さんは朝日新聞の記事の中で入浴について述べておられます。
次の文章は鶴見さんが引用している橋本峰雄さんの『風呂の思想』の1節です。
「湯浴みの快感とは、自分の肌にじわじわと湯が染みて、肌と湯、つまり内と外とのけじめがなくなってくる、それゆえにうっとりとしてくる皮膚感覚のことである。あるいは自分が湯に包み込まれる感じといえばよいだろうか」
この橋本説を評して鶴見さんは、肩まで湯につかったお年寄りが思わず「極楽、極楽」とつぶやくのは、母親の胎内にいたときの記憶が甦る、この宗教的体験なのだろうかと述べておられます。
江戸時代の式亭三馬による『浮世風呂』(1809年刊)には仏嫌いのお年寄りも風呂へ入れば我知らず念仏を唱えるとあります。風呂での「極楽、極楽」というつぶやきは確かに、よく耳にするのですが、お年寄り独特の声のようです。極楽を体験するには、かなりの年功がいるのは確かですから、風呂の極楽感はお年寄りに限られるのでしょう。

2.何より大事なのが 四民平等
 裸になってしまえば、殿様も家来も姿は変わりはありません。江戸時代から銭湯でもっとも大事にされ、庶民に受けてきたのがこの四民平等の感覚です。江戸時代の『浮世風呂』には、このことが強調されて冒頭に次のような一文が出てきます。原文のまま引用します。
「賢愚邪正貧福高貴、湯を浴びんとて裸になるは、天地自然の道理。釈迦も孔子もおさんも権助も、産まれたままの姿にて、惜しい欲しいも西の梅、さらりと無欲の形なり」
要するに、お釈迦さんも、孔子さんも、お手伝いさんも裸になってしまえば、皆同じということです。
 現代の感覚でこれをいえば熊谷真奈さんは朝日新聞の記事の中で
「銭湯にゆったりつかれば肌の毛穴が開く、硬い表情もゆるんできます。・・・・銭湯デモクラシー、いいかえれば裸体民主主義の力の源なのでしょう。裸のままくつろぐとニンゲン皆ちょぼちょぼという不思議な平等感覚が生まれるらしい」と述べております。
 
3.ホテルではトイレと風呂が同居 
 ご存知のようにビジネスホテルや観光のホテルに泊まると、通常はトイレの便器と風呂の浴槽が並んでいます。ところが、日本の本来の風呂、家庭ではこういう光景に出くわすことはありません。この違いこそ日本の入浴文化のユニークさを物語っております。
 排泄と入浴とを生理的行為として同じに考えることは日本人には出来ないでしょう。
日本の入浴は身体を洗うだけではないので、浴槽の隣に便器が並んでいたら、それこそ「極楽」「極楽」とつぶやいて、浴槽の中で鼻歌を歌うことも出来ません。
わが国の伝統的な入浴というのは、肩までどっぷり漬かって、全身からにじみ出る心身の疲れを洗い流して、心と身体を休めることであり、ストレスを発散する場でもあるのです。清潔・衛生的という合理的な考えに基づいて、排泄と肉体の洗浄を同一次元では解釈できない理由がここにあります。
 アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは太平洋戦争の最中に日本の文化・国民性を分析して『菊と刀』という本で発表しておりますが、その中で著者は「日本人の最も好むささやかな肉体的快楽のひとつは温浴である」と書いており、日本人の入浴習慣にはアメリカ人はじめ世界の国々の人々とは違う一種の受動的な耽溺の芸術としての価値を置いていると、分析し、わが国の入浴の文化を的確に評価しております。

4.変わりつつある銭湯と変わらぬ銭湯
入浴文化といえば、やはり今日でも銭湯の役割には大きいものがあります。
銭湯というのは、庶民の集まるところですので、にぎやかな交流もあって、江戸時代以来、一種独特の文化を形成してきております。銭湯は昨今の住宅事情の変化もあって、一部の地域ではかなり減少してきており、原油の値上がりで入浴料も値上がりしつつあり、決して良い環境にはないのですが、東京都や大阪府はじめ各地の浴場組合では、積極的な銭湯客への呼びかけによって、客の足止めに躍起となっており、かなり効果も上がってきているようです。各地の浴場組合のホームページを見ていると、その熱心な動きが伝わっていきます。まさに銭湯文化の揺さぶりを感じます。
 最近の朝日新聞には変わりつつある銭湯の様子が続けて紹介されており、銭湯の楽しさも報じられております。銭湯にかかわるマスコミの記事、ホームページなどはこのところ大変にぎやかになってきました。銭湯王国というと、京都府や石川県が名乗り出ており、積極的なPRが展開されております。
また、これは神奈川県の例ですが、浴場施設の構造変化だけでなく、地域の幼稚園児がマナーを学ぶ目的で、一緒に入浴する行事があったり、あるいは社会福祉のために高齢者等を招待してゆっくり入浴を楽しんでもらう催し物もあって、銭湯の新しい役割を生み出しております。
 しかし、この銭湯ブームも地方によって大きな差があるようで、参考までに、延寿湯温泉製造販売元のある東大阪市の実態をご紹介します。東大阪市のNTTの電話帳、タウンページには銭湯・浴場はどこに含まれているか調べてみました。当地の、タウンページは「病院・福祉・健康」の部類の中に、「リフレッシ」という小見出しがあって、ここにアロマテラピー、温泉浴場、健康ランド、サウナ風呂、銭湯、スーパー銭湯が並んでいました。東大阪市(人口51万人)の現況を最新の電話帳から拾って見ますと、次の通りでした。
天然温泉健康施設    1ヶ所
健康ランド兼サウナ   1ヶ所
銭湯         68ヶ所
スーパー銭湯      3ヶ所  
銭湯は新しい文化の生まれる楽しい場所に形態が変貌しつつあるとは言いますが、当地の場合、まだまだ、旧来の銭湯が断然多いいようです。ただし、名称は銭湯でも、浴場の構造・雰囲気を変える試みは各所で行われているといいます。

5.日本の温泉文学
 銭湯に次いで入浴文化では欠かすことの出来ないのが温泉の存在です。つい最近、新潮社の新書で日本の温泉文学を紹介した『温泉文学論』(川村湊著)が出版されました。特定の温泉と文学作品とのかかわりが出ているのですが、興味津津、作品における温泉の役割がなるほどと理解できます。たとえば、志賀直哉と城崎温泉のつながりは深いものがあります。尾崎紅葉『金色夜叉』の熱海温泉もしかりです。川端康成『雪国』の越後湯沢温泉、作品の冒頭句は有名で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は中学、高校の国語の教科書にも出てきますが、この湯沢温泉で繰り広げられる作品の内容は本来は成人向けであり、ポルノ小説に近い内容であると、『温泉文学論』では論じております。本書には温泉にかかわる楽しい文学が並んでいます。温泉にお出かけのときにでもお持ちくださいと著者はあとがきに書いております。ぜひどうぞ。
文学作品には文豪なじみの温泉旅館が出てきます。彼らは温泉の雰囲気が作品の制作に大きな影響を与るということを認識していたのでしょう。今日もなお、温泉によっては文豪のかつての滞在をPRしているところが少なくありません。たとえば、妙高の赤倉温泉
香嶽楼では、尾崎紅葉の文学碑が立っており、紹介のパンフレットにも大きく取り上げられております。この温泉旅館には明治から戦前にかけて与謝野鉄幹・晶子あるいは田山花袋ほか、多くの文人が訪れております。また、岡倉天心も赤倉温泉に住み着いて、終焉の地となり、天心の記念堂があります。
 ここで、かつてのと申し上げたのは、温泉の雰囲気と今日の作家風情とが果たしてつながるであろうか、これには疑問もあるからです。今日の作家の多くは温泉に泊り込んで作品を作り上げるということは、あまりしないのではないかと思います。
 温泉が生み出した日本文学というと、これは温泉そのものに独特の文化があって、それが生かされております。温泉とは特定の地域であり、湯の成分以外に、景色、環境が大きく作品に影響してきます。なるほど、湯につかれば心身の緊張もほぐれて制作意欲は湧くかもしれませんが、それであれば、わざわざ温泉にまで出かけなくて、入浴剤「延寿湯温泉」を入れた家庭の風呂で十分です。
温泉文学というからには、温泉地が必要です。海外にも温泉は、日本ほどではないにしても点在はしております。しかし、海外ではこのような温泉文学というのをあまり耳にしませんので、温泉文学というのは日本独特のものかもしれません。温泉の入り方は通常の家庭の入浴とは異なるでしょうが、前にも取り上げたように、入浴を生理的行為として解釈している欧米では文学どころではないでしょう。
                                    以上 
 

<参考文献>
神保五弥校注:浮世風呂、新日本古典文学大系、岩波書店(1989)
川村湊:温泉文学論、新潮新書、新潮社(2007)

Posted by 管理者 at 17時03分   パーマリンク

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