【延寿通信】 2009年08月31日(月)

延寿通信 第73号 2009年9月

アメリカ人は身体を洗うが、日本人は心を洗う

ーーアメリカ人のみた日本の風呂

 日本の風呂に欧米の人は大きな関心を寄せております。風呂の部屋の構造、ヒノキの風呂桶、洗面道具類、風呂場と周りの景色、露天風呂、さらに風呂の入り方など、何から何まで珍しいようです。
 「アメリカ人は風呂で体を洗うが、日本人は風呂で心を洗う」というのは、アメリカ人が見たり、感じて、日本の風呂を紹介した本の冒頭の文句です。この本は2001年にアメリカで出版された『 日本の風呂( The Japanese Bath) 』(Bruce Smith, Yoshiko Yamamoto GIBBS-SMITH Publisher USA )です。
 日本人にはごく当たり前のことが指摘されているのですが、なるほど、と日本の風呂の値打ちを再認識させてくれます。今回はこの本のあらましをご紹介しましょう。なお、筆者の私はアメリカの風呂事情には疎いので、アメリカの記事は、すべてこの本からの情報であることをお断りしておきます。

1.浴室という建物に至る道
 わが国の通常の住宅では浴室は室内の一角を占めており、特別に浴室を別棟に作り上げる事はしません。ここに出てくる話は、アメリカで、わざわざ別棟に浴室の建物を建てるという話で、今日の都会の住宅に住んでいる日本の大部分の方には無縁な話です。
 カリフォルニア州での話ですが、この地に、独特の日本の浴室、建物をつくり、浴室の建物に至る道を露地風にこしらえて伝統的な日本風を味わっている人がいるのです。この本には写真入りで紹介されております。
 わが国では古来、禅寺や寺院などには、浴堂が別棟になっているのは当たり前ですが、この傾向を受け継いだのか、和風の温泉や旅館などでも別棟に浴室を建てることがあります。また、住居でも歴史的にも古い建物では別棟が多いようです。禅寺・寺院では、入浴をひとつの修行として信仰では欠かせない行為になっていることもあって、風呂に入るには、それだけの心の準備がいります。そのために、心を形成する過程を重んじて、入浴の心構えを醸成するために、おもむろに浴室へ向かう道が生まれたのでしょう。
 田舎へ行くと、今日でも古い農家では、浴室が独立して建てられている場合が多々あります。これらの中には風流というよりも、たくさんの薪や木材などの燃料を使って、長時間にわたり湯を沸かさねばならないため、火災予防の安全上の配慮からと、もう一つは、井戸から水を引いて水を使い、排水する場所は、母家から離れているのが便利だったこと、などによるのでしょう。

2.脱衣場のあること
 居間や客室から風呂に入る場合、これは前項とは違って、住宅建物の一隅に浴室のある場合ですが、水を使わない場所から、風呂へ入り、水を使う場所へ移動するには、中間に脱衣場が必要です。本書に出てくる脱衣場というのは、単なる部屋の一角ではなく、入浴という儀式に備えて、序段としての脱衣場なのです。そこには花が飾ってあったり、凝った石造りや、焼き物による洗面施設があったり、あるいは木竹で、床に、壁に、窓に趣向を凝らす場合があります。このような脱衣場のあることが注目されております。
 わが国、通常の家庭のみならず、レストランあるいは料理店、旅館などの洗面所に、このような空間を大事にする例が多く見られます。
 アメリカの風呂は、わが国ビジネスホテルのように、トイレとの共用が当たり前になっており、脱衣場にわざわざスペースをとることは考えられないとのことです。そういう意味で余計にこのような脱衣場が著者にはお気に召したのでしょう。
 日本の銭湯の脱衣場も取り上げられています、これは、一種の語り合いの場、一服する場所として、広い場所の用意されていることが特徴である、ということです。

3.香りと温かみのあるヒノキ浴槽
 浴槽、風呂桶にはヒノキ、サワラなど、天然木の有する木の柔らかな肌触り、木目、そして香り、これらが日本では大事にされています。今の住宅ではこのヒノキ風呂は、遠い存在になりました。温泉や旅館では、ヒノキ風呂が宣伝文句になっているほどです。
 かつてのローマでは大理石の浴槽が代表的でした。おそらく、アメリカでも同様であったのでしょう。今では、わが国も同様ですが、アメリカの住宅の浴槽はプラスチック、セラミック、ステンレス、ホウロウなどが主流のようです。
 ヒノキやサワラなど、天然木の持つ柔らかさ、色合い、香りには、近代の合成化学、金属などによる材料は脱帽です。とても近づくことは出来ません。
 日本の風呂ではヒノキ浴槽にペンキを塗らないで、白木のままであることが通常の姿なのですが、これがアメリカ人には理解できないようです。それは建物でも同じことで、ヒノキ、杉、松にしても、もともと耐水性、耐腐食性があるので、木材の木目、外観、香りなどを生かしてわが国ではペンキを塗りません。アメリカでは、木にはペンキを塗るものであり、白木のままはありえないといいます。
 日本で好んで浴槽に木が使われるのは、保温性のいいこと、温かみのあること、硬いイメージのないこと、そして芳香のあること、などであると本書は説明しております。
 写真ではカリフォルニア州の家庭で採用されているたくさんのヒノキ風呂が紹介されております。最近は、日本では木曽のヒノキが不足気味のため、アメリカから、木曽ヒノキに類似した木(Port of cedar) を輸入していると書いております。
 この浴槽のところでは、風呂で使う道具、腰掛、洗面桶、なども、ヒノキ製のものが、並んでいます。原色のカラー豊かなプラスチック製ではなく、白木のままの風呂道具が出回っているのも、日本の特徴ということです。本書の末尾にはヒノキ材による桶や道具類を販売するアメリカの店のリストがついております。

4.風呂で鑑賞する外の景色
 借景というのは、日本の庭園設計の手法の一つで、社寺の庭園などには多くの例が見られます。これは、自分の所有する庭に、外部の景色を取り入れて一体化することを意味します。たくみに外部の山野が庭の景色に入り込み、雄大な景観を生み出します。
 日本の風呂は、特に温泉旅館、観光地の旅館などには、借景が取り入れられて、入浴の際に目を楽しませてくれます。心を洗うのには、このような浴室からの景色が重要な役割を果たします。
 露天風呂もいくつか紹介されていますが、アメリカ人には、このような浴場と周りの景色との融合が珍しいのか、これが大きく取り上げられています。
 借景のような大げさなものばかりでもなく、坪庭のような、小さな池に鯉の泳いでいるささやかな庭、雪の積もった竹林の庭などが風呂につかりつつ眺められる光景も紹介されています。日本の旅館やホテルの大浴場は窓際あるは最上階にあったり、海に突き出ていたり、何かと景色を配慮しております。こういう大浴場というのは、アメリカには少ないのでしょうか。そういう点ではわが国のビジネスホテルの浴室が、外の景観とは関係なしに配置されているのに気がつきます。しかし、こういうホテルでは、わざわざ景色のいい最上階に大浴場を設けてPRしているところもあります。

5.風呂の入り方
 アメリカでは、浴槽にて石鹸を泡立てて、この中で体を洗い、シャワーで泡を洗い流して、あっさり、かつ効率的に入浴という仕事を済ませます。
 日本でも、もちろん身体の汚れを落とすことは風呂に入る主目的にされており、これには家族で、仲間で背中を流し合うことがあります。アメリカでは仲間と風呂に入ることあまりないようです。風呂に浸かって歌をうたったり、昔だったら浪花節ですが、これは日本ではよくある例です。あるいは月を眺めたり、ラジオを聴いたりと、会話に時間を割いたりして、ゆっくり風呂に入ります。アメリカのように事務的にサッサと風呂から出てしまうことはありません。
 日本の風呂の入り方は、ひとつの儀式かのごとく、4つの段階があると、詳しく説明しております。
 @脱衣場で衣服を脱ぐ。
 A浴槽につかる前に腰掛にすわり、注意深く、浴槽に手を入れてで温度を確かめる。次に桶で湯をすくい、かけ湯として、全身に湯をかけてざっと洗う。これは浴槽の湯を汚して他人へ迷惑をかけないように、かつ、からだを温かい湯にならすためです。これにて浴槽につかる準備完了です。
 Bそろそろと、湯につかります。日本の風呂の湯の温度はアメリカよりも高めで、時には43度を超えることもあるといいます(欧米では38度ぐらいが多い)。 冬は10分、夏は3分ぐらい浸かっています。それから浴槽を出て、洗い場にて全身を洗います。 石鹸で十分洗い、体についている石鹸を洗い流します。この場合、石鹸の泡を浴槽に入れるようなことがあってはいけません。もう一度浸かって、浴槽から出ます。
 C脱衣場で衣服を着て、これにて入浴は終わりです。

 日本で嫌われる風呂の入り方の一つは「カラスの行水」という、さっと入って、さっと出てしまう あわただしい入り方であると、これが紹介されています。

6.浴槽を出てからのこと
 出先から戻ってくると、日本では、家の人、あるいは旅館の人から、「風呂を先にするか、それとも、食事を先にするか」ということがたずねられます。日本では風呂は夕方に入るのが一般的ですので、こういう会話があります。
 アメリカではモーニングシャワーといって朝方に入浴する場合が多く、夕方とは決まってはいないので、風呂出てから食事という話は出てきません。日本では体を温めて,寝る前に入る場合もあります。しかし、日本の風呂は何といっても、夕方、仕事終えてから、ゆったり入るのが一番です。
 日本人の浴衣に着替える風情もアメリカ人はうらやましがっております。
 風呂から出て、浴衣に着替え、縁側に出て休み、そして、冷たいビール、酒飲みつつ食事をすることなど、まだまだ、日本の風呂の特色の紹介は続いております。
 
 不思議なことに、この本の冒頭に、1930年代のツムラのバスクリン容器の写真が出ているのです。本書中には入浴剤の説明は一切出てきません。しかも、このバスクリンは風呂の石鹸であると説明されておりますので、アメリカでは入浴剤はあまり出回っていないのかもしれません。

<参考文献>
Bruce Smith, Yoshiko Yamamoto : The Japanese Bath、 GIBBS-SMITH Publisher, USA (2001)

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【延寿通信】 2009年08月03日(月)

延寿通信第72号 2009年8月

あせもの季節です

--あせもと民間薬の話

 汗というと、ひところは「あせも」に悩まされました。風呂から上がると、子供たちは天花粉(てんかふん)で真っ白になり、それが夏のお決まりのスタイルかのごとくでした。真っ白の粉はシッカロール(商標)や、天花粉が主役でした。  
 昨今の子供たちは、紫外線照射から皮膚を守れ、というので、夏のかんかん照りには皮膚を曝さないようにしておりますので、黒く焼けません。夏休みあとのクロンボ自慢は時代の波で消えました。一方では、天花粉のシロンボも見る機会が少なくなりました。こちらはあせも対策なのですが、あせもは、少なくなったのでしょうか。

1.汗のこと
あせもに入る前に、汗について基礎知識を整理しておきます。
 人の皮膚には汗の出る穴、汗腺(かんせん)には、アポクリン腺とエクリン腺とがありますが、もっぱら全身に分布して汗を出すのはエクリン腺です。日本人の場合200万〜500万あります。このうち実際に汗の分泌をしているのは、180〜275万で、全身にあるとは言うものの、満遍なくあるというのではなく、特定の場所に集まっています。足の裏や手のひら、ひたいの前面に集中しております。アポクリン腺は大部分が腋の下に集まっております。乳児はもともと汗腺の数が少なく、生後6ヶ月で成人の60%で放熱が少ないので、平常の体温は高めになっております。
 汗のもっとも大事な機能は体温調節で、皮膚を冷やす作用にあり、暑くなれば、汗腺の働きは忙しくなります。汗の量は、1日600〜700mlが平常時の値ですが、夏の暑いときや、激しい運動のあとでは、1日、4〜10リットルになることがあります。
 汗の組成は、食塩NaClが1%(0.648〜0.987%)近くあって、水分を除けばこれが残留分の90%ぐらいあり、続いて尿素(0.086〜0.173%)や乳酸(0.034〜0.107%)などが並びます。要するに汗の成分は食塩NaClが大部分であるということです。食塩NaClは、化学的にはありきたりの成分に過ぎないのですが、体液中の無機塩類として、体液の恒常性を保つのに非常に重要な役割を担っております。

2.あせもとは何か
 暑くなると汗腺の動きは活発になり、汗はどんどん出ます。誰もが経験するところです。こうして体温の調整が行われております。
 汗は汗腺から出てきますが、この汗腺に異常が起きて、管が詰まってしまうことがあります。汗の出るような暑いときには、皮膚の表面にいる細菌類は適度な暑さと湿気のあることで繁殖が好条件となり、動きが活発となって汗腺を食い荒らして、汗腺の環境を破壊し、汗腺の管を損ないます。汗腺は詰まり、汗は外には出にくく、たまってしまいます。
 汗腺の管には、どんどん汗が作られてたまり、汗は管に充満して、管をパンクさせてしまいます。漏れ出た汗は皮膚組織内へ流れ出ます。
 皮膚組織内に流出した汗は、その成分の大部分が食塩ではあるものの、タンパク分解酵素や、炎症を起こす物質も含まれていますので、皮膚には炎症が発生します。この皮膚炎を「あせも」、医学的には汗疹(かんしん)と呼んでおり、やがて発疹が現れます。
 あせもには、発症する部位によって3種に分けられ、皮膚表面近い部分から「白いあせも」(水晶様汗疹腺)、皮膚の表皮に出る「赤いあせも」(紅色汗疹)、そして、一番深い所に出来る「深いあせも」(深在性汗疹)とがあります。
 かゆみを伴うのは「赤いあせも」で、激しいかゆみのために皮膚を掻くので皮膚炎はますます悪くなります。また、皮膚の表面の細菌感染も起こりやすいので化膿することもあります。
 一方、「白いあせも」、「深いあせも」は通常はかゆみがなく、発疹は出るものの、自覚症状はほとんどありません。とくに「白いあせも」は水泡ができますが、2,3日で直るので、治療の対象にはなっていません。

3.あせも対策
とにかく、汗をかかないこと、これがあせもを起こさせない第一原則です。
 最近は、ひどいあせもは家庭の暮らしの環境改善が進み、とくにクーラーの普及などで、めっきり減ったといわれております。
 もともと軽症の皮膚疾患ですので、治療というよりも不快なかゆみを取り除き、発疹を一時的に抑えることになります。汗をかかないようにして、汗をかいたら、タオルで拭き取り、皮膚を清潔に保ちます。
 第二の原則は、毎日、入浴を欠かさないことです。皮膚を清潔に保つようにといっても、夏の暑い時期、汗が出て、皮膚の露出する機会も多く、皮膚をつるつる、ぴかぴかに保つのは難しいことかも知れません。
 あせもは、そのものによる被害よりも、皮膚表面の細菌感染による皮膚の炎症や、化膿が症状をひどくします。
 

4.あせもと入浴
 あせもには特別の治療法があるわけではなく、しかも、治療よりも、未然に防ぐことに力を入ていれます。その最たるものが入浴にあります。入浴そのものも効果的なのですが、ここに入浴剤が登場します。医薬部外品の入浴剤には通常は「あせも」が適応症にあげられています。生薬配合「延寿湯温泉」もあせもは適応症のなかにあります。とりわけ「延寿湯温泉」では細菌の発育を抑える成分や、皮膚表面を清潔にたもつため、皮膚の垢と汚れを洗い落とす成分などが配合されていますので、あせもには好適の入浴剤です。
 今日のような空調など、暮らしの環境が整っていなかった時代、江戸時代から明治、大正、昭和にかけて、あせもは庶民にはお馴染みの厄介な皮膚疾患のひとつでありました。
 当時の民間医療では、あせも治療に入浴時、身近な植物を利用することが、しばしば出てきます。民間医療というのは、中国の長い歴史にて築かれた漢方医療とは違って、それこそ、おばあさんから受け継いできた人類の知恵に基づく医療です。
 漢方医学の書には、掻痒、発疹、皮膚炎などの皮膚疾患治療には多くの処方例が並んでおりますが、さすがにあせもの治療は出てきません。医書に記述されている皮膚疾患はあせもに比べると難物ばかりですので、おそらく通常のあせもは、昔も医師の治療対象からははずされていたのでしょう。
 民間療法に使われる植物は民間薬といって、生活の身の周りにある植物が使われます。漢方ですと、特定産地の特定の植物に限られ、また、漢方独特の理論があって使用が律されていますが、民間薬には、そういう難しい理屈は一切ありません。このあたりが両者の大きな相違点でしょう。
  

5.あせもに使われている民間薬の植物
 民間薬として、あせもに使われている薬用植物を眺めてみましょう。ビワやモモなどは江戸時代以前から盛んに使われてきたものです。これらは過去の歴史遺産ではなく、いまもなお、連綿と伝えられ、現役で活躍している植物ばかりです。
 アカメガシワ、 カラスウリ、スイカズラ、 ビワ、モモ
 夏を呼ぶ果物が出回っております。イチゴ、サクランボの季節から、店頭ではスイカ、ブドウそしてモモが、だんだん売り場を広げつつあります。その少し前はビワがありました。この中で、特に風呂に関係の深い果物といえば、モモとビワです。しかし、果物といっても肝心の実ではなく、葉っぱが関係あるのです。
 モモやビワの場合は、ちょうど葉の盛んに茂る時期が夏場ですので、葉をそのまま風呂に入れる場合もありますが、ビワの場合、煮出し汁を使うのが効果的です。ビワは葉を3枚ほどちぎり、水500mlで煮出して、冷やした後皮膚を洗うようにして使います。
 ビワの葉は江戸時代、暑気払いの薬として数種の薬草とともに煎じて、街頭の飲み物で大人気でした。この飲み物の名前が枇杷葉湯(びわようとう)でした。名前が浴剤のようですが、まったく違います。浪花や江戸の夏の風物詩になっていたといいます。
 モモは新鮮な葉を取ってきて水洗いして、500gほどを袋に入れて風呂に入れます。 モモの場合、葉はいい香りがしますが、中毒をさけるため、香りが充満しないよう換気をします。
 アカメガシワは葉、茎、樹皮などを、風呂に入れます。
 カラスウリは根は天花粉の原料として使います。果実の果肉を皮膚に擦り込んで使いますが、果実の時期にはあせもは終わっているでしょう。
 スイカズラは、あせもには秋から冬にかけてとっておいた葉・茎を乾燥したものを袋に入れて湯船に入れます。花も使いますが、これは漢方の世界で、インフルエンザの予防薬として、他の生薬とあわせて煎じて使う場合があります。
  

<参考文献>
田上八朗:皮膚の医学、中央公論新社(1999)
高島英信:生理学、文光堂(1986)
水野端夫、米田該典:家庭の民間薬・漢方薬、新日本法規(1983)

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【延寿通信】 2009年07月02日(木)

延寿通信 第71号 2009年7月

 センキュウとは一体どのような生薬(薬用植物)でしょうか。

 漢方の世界では欠かせない生薬(薬用植物)というのがあります。古来、漢方の基本的な処方の成分として大事にされてきた生薬です。古来というのは、2000年、3000年の歴史を持つ漢方の古典に収載されているということです。その古典医書のひとつが『神農本草経』です。センキュウはこの『神農本草経』に取り上げられており、ニンジンと並んで重宝されてきました。
 センキュウは漢方ではからだを暖め、血行を良くし、鎮静・鎮痛の作用もあるというので、入浴剤の代表的な生薬であり、一方では煎じ薬としても広く用いられ、婦人科の疾患には主要な薬剤として多方面に使われております。

1.センキュウという植物
 センキュウはせり科の植物で、薬用に使うのは根っこです。せり科の植物は薬用には多く、それぞれが葉から根までに芳香を有しており、それがこの科の特徴のひとつです。
 せり科の食品では、芹、人参、パセリ、セロリなどがあり、いずれもせり科独特の、芳しい香りが漂ってきますので、お分かりかと思います。せり科の薬用では、トウキ、ヨロイグサ、アシタバ、サイコ、ウイキョウ、ハマボウフウほか、重要な植物が並んでおります。近代の医薬品で、アトピー、アレルギーなどの代表的な薬物クロモグリク酸ナトリウム(商品名:インタール)は、せり科植物から発見されました。
 せり科植物のもう一つの特徴は花の咲き方にあります。散形花序といって、花ひとつひとつは小さいのですが、頭頂部に集まって傘のように広がって咲きます。この花の形でせり科植物の大部分は見分けがつきます。
センキュウの原植物の名前は、おんなかずら、おんなぐさとも呼ばれ、「おんな」にかかわりある名前になっております。植物見ただけでは「おんな」にかかわりがあるのか、その姿の優しさをいうのか、理解に苦しみます。女性と関係のあるのは薬効なのですが、それが果たして、植物名につながるのか、これまた疑問です。
 

2.センキュウの生い立ち
 センキュウはもともとは中国の生薬であり、植物は江戸時代初期に日本にやってきたというのです。冒頭にも申し上げたように中国の古典医書に記載されて、中国では長らく医療の場で用いられていきました。江戸時代までは、わが国では中国からの輸入品で間に合わせていたのでしょう。日本での栽培が進むと、日本産の需要が高まったのですが、日本の北部を中心に栽培地区はどんどん広まりました。
 ところが、つい最近、日本薬局方では、中国のセンキュウと日本のセンキュウとは植物が違うというので、中国産センキュウの使用が禁止されました。まことに不思議な現象です。江戸時代に中国から入ってきたセンキュウと同一の植物、すなわち日本で今、栽培されているセンキュウは、今では、中国現地では野生株を見つけることはできない、といいます。
 そういうわけで、今ではセンキュウといえば、日本産で、入浴剤といえども、すべて日本産センキュウを使います。中国産の輸入はピタリと止まりました。
中国ではキュウキュウというのですが、なぜこのように呼ぶのか、それは分からないと、中国古典の植物書、『本草綱目』(1578年)には出てきます。キュウというのは弓なりになった様をいうといい、センは、さきごろ大きな地震がありました中国の四川省(しせんしょう)に由来しております。今でも、中国のセンキュウの主産地なのですが、センキュウのセン=川 であり、これは四川省からきました。四川省は昔からセンキュウの主要産地であり、品質も優れていたので、植物に土地の名前が残りまた。
 日本ではセンキュウは北海道、東北地方、長野、奈良などで栽培されております。
 なお、つい最近のことですが、日本のセンキュウの種を中国に持っていって、中国で栽培して、日本に輸出することが行われるようになりました。こういうことは、生薬の世界ではよくあることで、「日本種中国栽培」というセンキュウがぼつぼつ出回ることになるでしょう。

3.センキュウの薬理と効能
 センキュウの薬効となる主成分は精油成分で、これが1〜2%含まれているのですが、精油にはいろんな成分が混ざっております。クニデライト、リグスチライト、ブチルフタライド、ブチリデンフタライドそのほか、多種の精油成分が並んでおります。
 本によってはセンキュウラクトン、センキュウ酸などという成分名もでてきます。いずれにしても、センキュウにはいろんな化学物質が含まれておりますので、ある成分を特定して、センキュウの性状を論ずることはできません。
 センキュウの薬用植物としての働きは、広範に及ぶのですが、おもなものは次のとおりです。
 @中枢神経系への作用:中枢に対しては抑制的に働くの が 特徴です。いわゆる鎮痛、鎮静作用などが、発揮されます。
 A心臓・血管系への作用:ここで目立つのは末梢血管の拡張作用です。血管が拡張するので血流量も増加します。血圧は少量では高めになるものの、大量では血圧は下降して血流を増やします。
 B血液への作用:凝血を防止しますので、血の流れを良くします。
 C鎮痙作用:腸管や子宮の筋緊張を和らげます。女性用に使われる一つの理由です。
 D皮膚温度上昇作用:精油成分には、皮膚を刺激する性質があります。この作用が入浴剤に効果的に働きます。持続性にも優れております。

 センキュウのこのような薬理効果は総合して、適用は婦人薬、冷え症薬、皮膚疾患用薬などがあげられております。入浴剤向けでもあることが、お分かりかと思います。
 中国ではセンキュウといっても、厳密には植物が異なるのですが、センキュウは活血薬の部類に入れて、血流の停滞、うっ血などに用いることになっております。

4.センキュウと入浴剤
センキュウは、生薬入浴剤での配合はトップクラスの存在です。もちろん、生薬入浴剤「延寿湯温泉」にも配合されております。
 日本浴用剤工業会の『入浴剤ハンドブック』では、薬用植物系入浴剤の中ではセンキュウを真っ先に取り上げております。ついで、トウキ、ボウフウと並んでおりますが、これらはすべてせり科の生薬です。
 これらの生薬は血行促進効果や、湯冷め防止効果があり、さらに、香りによるリラックス効果も期待できること、などがあげられております。まさにせり科植物の特徴が、入浴剤に生かされております。
 生薬は薬用植物ですので、作用は穏やかであり、通常の使用では皮膚に炎症を起こすような作用はなく、むしろ、炎症を抑える作用があります。毎日、毎日、使用しても、健康に害を与えるような心配は、まずありません。
 センキュウの香りは、万人向きではありません。センキュウのいかにも煎じ薬という独特の香りには、やや好き嫌いを招きます。香りというものには、もともと、そういう性向があります。延寿湯温泉では、センキュウの香りは、リュウノウやショウノウおよびカンピなどと調和して、ややオリエンタルな雰囲気をもたらすのが特徴になっております。

<参考文献>
日本大衆薬工業協会編:改訂版 汎用生薬便覧(2004)
難波恒雄:原色和漢薬図鑑、保育社(1980)
内林政夫:生薬薬用植物語源集成、武田科学振興財団杏雨書屋(2004)
浴用剤工業会:にゅうよくざいハンドブック(1993)

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